旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

EF510 300番台の増備で置き換えが確実になった九州の赤い電機の軌跡【10】

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《前回からのつづき》

 

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 そもそもED75形は、常磐線の交流電化に伴って開発された交流20,000V50Hz用の電機として設計・製造されました。東北本線には既にED71形が55両製作されて活躍していましたが、こちらは施策的要素が強いこと、取り扱いと安定性に難のある水銀整流器を搭載していたため、既にシリコン整流器が実用化された段階でED71形を増備するのは現実的ではないことなどから、新たに東北本線をはじめ50Hz電源の線区汎用的に運用できる交流電機として設計・製造されました。 

 シリコン整流器を搭載し量産されていた交流電機は、前述の通り日本海縦貫線用のEF70形とED74形が既に運用されていました。これらの制御方式は水銀整流器を搭載した交流電機と同様に、高圧タップ切替方式による電圧制御を採用していました。高圧タップ切替式は、主変圧器の一次巻線、すなわち集電装置から主変圧器に接続される高圧側にタップを設定し、このタップを切り替えることで電圧を制御するものです。しかし、主変換器をシリコン整流器にしたことで、水銀整流器のような格子位相制御が使えなくなり、連続的な電圧制御が不可能になり、これと同様の粘着力を確保することが大きな課題でした。 

 

安定した動作をするシリコン整流器と磁気増幅器、そして低圧タップ制御の組み合わせは、連続電圧制御を可能にし高い粘着性能を誇った。そして、この組み合わせは高い評価を得たことから、ED75形は交流機の標準機として位置づけられることになり。普通列車から重量の重い貨物列車、さらには寝台特急まで多様な列車を牽く運用に充てられ、華々しい活躍を見せた。分割民営化後、最小限の車両を残して廃車になったが、それでも「あけぼの」など優等列車の運用に充てられたほか、工臨など事業用列車の先頭に立つなど、旅客会社でも重宝された。(出典:写真AC)

 

 ED75形はEF70形、ED74形の課題を解消するため、低圧タップ切替式に変更しました。低圧タップ切替式は主変圧器の低圧側、二次巻線にタップを設定し、これを切り替えることで電圧制御するものでした。この低圧タップ切替式であれば、起動時の電圧特性を発揮して水銀整流器とほぼ同じ連続制御が可能になります。 

 しかし、低圧側でタップ制御をするということは、高圧側に比べて電流量が大きくなるという問題を抱えます。そもそも変圧器は、その名の通り電圧を変換する電気機器です。高圧の電流を一次巻線側に流すことで、反対側の二次巻線側から電圧を変換(下降)した電流を取り出します。このとき、高圧側は電圧こそ高いものの、電流両は少ない状態ですが、低圧側では電圧は下げられた代わりに電流両が大きくなるのです。これは、電気量そのものが大きく変化しないためで、例えば100V50Aの電気量は5000kVAとなりますが、これを変圧器で20Vに下げると電流量は250Aになるのです。(電気量は5000kVAと変わらないため、A(I)=V(E)/kVA(S)で求めることができる。)そのため、電流ピークを発生しやすいという特性を抱えますが、磁気増幅器を使うことでこれを解消でき、タップ間連続位相制御が可能になるため、粘着性能の問題も解決できたのでした。 

 こうしたことから、ED75形の基本番台は磁気増幅器の英文頭文字を取って「M形」とも呼ばれるようになりますが、軽量で取り扱いが容易なシリコン増幅器と低圧タップ制御と磁気増幅器の組み合わせで連続位相制御を可能にしたED75形は、国鉄交流電機の決定版となり、基本番台(0番台)だけで160両、20系客車と10000系貨車に対応したP形1000番台が39両、さらに奥羽本線羽越本線用に耐雪耐塩仕様に改良された700番台の91両が製造され、交流電機で一大勢力を築くことになったのです。 

 このように、交流電機として成功したED75形を、同じ交流で電化が進められた九州で使わない手はなかったといえるでしょう。九州ではED72形やED73形が配置され運用に就いていましたが、どちらも水銀整流器を搭載している電機で、取り扱いや保守に難儀していました。折しも貨物用機であるED73形の増備も望まれていたため、安定した性能を獲得したED75形を充てるのは当然の成り行きでもあり、実際に運用や保守を担う門司鉄道管理局から要望が出されたことは想像に難くありません。 

 しかし、ED75形は東北地方の幹線を中心に運用することを前提に開発されたため、電気機器は東日本の商用電源である50Hzに対応した仕様でした。一方、九州は西日本の商用電源である60Hzで電化されているため、ED75形をそのまま使うことはできません。 

 この交流電流の周波数は、1分間に何回+側と−側を行き交うかを表すもので、50Hzなら50回、60Hzなら60回行き交います。そのため、例えば50Hz用の扇風機を60Hzで供給されている地域で使うと、扇風機の回転数は50Hzの地域に比べて高速で回転し、送風能力が高くなります。しかし、モーターにはその分だけ負担が大きくかかるため、消耗を早くしてしまい、最悪の場合は焼損し発火の原因にもなりかねません。50Hz対応の機器を搭載したED75形をそのまま60Hzで供給されている九州で使うことは、主変圧器をはじめとした電装品に負担を与えて破損してしまうのです。 

 そこで、ED75形の最大の特徴である低圧タップ制御と磁気増幅器、そしてシリコン整流器といった機器類の構成ははそのままで、これらを60Hz仕様のものへ替えた九州仕様である300番台を1965年に10両、1968年に1両を製造して門司機関区に配置しました。 

 

《次回へつづく》

 

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