旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

九州の赤い電機 その終焉の具体化とEF510【1】

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 いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。

 つい最近、JR貨物から発表されたプレスリリースで、門司機関区配置のED76とEF81の置換えが計画が明らかになりました。いつかはその日がくるであろうことは覚悟しておりましたが、実際にそのことが具体的になってくると、さすがに時代の変化を感じるとともに、一抹の寂しさも覚えずにはいられません。

 

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 筆者にとって九州のED76とEF81はとても身近な存在でした。鉄道マンになって初めてそれらしい仕事をしたのが、小倉車両所勤務時代に経験したED76の全般検査でした。1016号機がたまたま運良く全検入場したことで、それまで直流機しか知らなかった筆者に、交流機の構造や動作原理を覚える機会を得たのです。

 このブログや筆者の拙著でも何度か触れてきましたが、直流機は抵抗器と主電動機のつなぎ合わせによって速度制御をする抵抗制御式です。構造は至って簡単で、パンタグラフから取り入れた直流1500Vの電流を抵抗器を使って電圧を下げ、主電動機に流れる電圧を調節することで速度を制御しています。

 

 

 一方、交流機はその方法は使えません。厳密に言うならば使えるのですが、あまり得策な方法ではなかったのです。交流20000Vの電流を整流器で直流に変換し、後は直流機と同様に抵抗制御をすることはできますが、その方法では電気的なロスが生じてしまい、機関車の出力を下げてしまうのです。

 そこで、交流機は交流電流の電圧を調整し、その上で整流器で直流に変換する方式が採られています。この方法なら、電気的なロスは最小限に抑えられるとともに、交流機の黎明期に採用された水銀整流器を用いたことで、電圧の連続制御を実現させ機関車の粘着力を高めることが可能になったのです。ですから、国鉄としてはこの特性を大いに活かし、直流機のF級機なみの性能を交流機ではD級機で実現させたのでした。

 しかし水銀整流器は扱いが難しく、固定された変電所などでならさしたる問題にもならなかったようですが、機関車に搭載すると車両の揺れによって整流器に封入された液体の水銀が暴れ出してしまうため、安定した性能を確保するばかりか故障などの不具合を頻発させてしまいました。*1

 やがて半導体技術の急速な発達によってシリコンダイオードを使ったシリコン整流器が実用化されると、ED74以後の交流機はシリコン整流器を装備するようになりました。これによって交流機はようやく安定した性能を発揮できるようになったのです。

 こうした交流機の制御の話ができるのは、やはり小倉車両所での経験や勉強をさせて貰ったおかげだといえます。それまで交流機の存在は知ってはいたものの、内部の構造などは直流機しか知らなかったので、ED76を嚆矢としてその構造や制御原理を学ぶうちに、その面白さに取り憑かれたものでした。

 筆者にとって非常に思い入れの深いED76も、2021年現在活躍を続けている最終増備車は1979年の落成なので、齢40年以上も経っています。いくら国鉄形が質実剛健に造られているとはいえ、鉄道車両としてはそろそろ限界に近づいていることは間違いありません。今回のJR貨物の置き換え計画の発表も、正鵠を射るものといえます。

 また、今回の置き換え対象はED76だけではなく、EF81もその対象になるとのことです。門司機関区配置のEF81は、今でこそ関門トンネル越えの運用をEH500に譲りましたが、もともとは幡生操・下関ー門司・東小倉間の極短い区間での運用を目的に製造されました。関門トンネルという海底トンネルは、第二次世界大戦の最中に開通したトンネルで、2007年の時点でも1日に450立方メートルの水が湧き出る高湿の環境であることに加え、その湧き水は海水も含んでいるため塩害も想定されることから、車体をステンレス鋼(ただし構体は通常の普通鋼)にした300番代が製造されました。

 後に長く関門間の輸送を支えてきたEF30が老朽化したことと、そもそも交流区間では極短距離での運用しか考慮されてなかったことから、交流区間での性能が極端に低くされたため、汎用性に欠けることから分割民営化までに全機が廃車の方針となり、代わりに余剰となっていた0番代を関門仕様に改造した400番代が配置されました。それらは300番代が1874年に、400番代の改造こそは1986年から1987年にかけて行われましたが、種車の製造は1972年から1974年になるので、2021年の時点で50年近くになろうとしているのです。

 九州での鉄道輸送を支えてきた両雄は、いまも門司機関区に少数ながら配置されて活躍を続けています。老朽機ながらよくも40年から50年近くも走り続けたと感心しますが、それもまた全検を施工する小倉車両所や、日常の検修を担当する門司機関区の検修陣の努力の賜物であることは間違いありません。筆者もED76は全検に、EF81は交番検査や台車検査を経験し、さらに添乗実習としてどちらの機関車にも乗ったことがありました。交流機と交直流機という違いは、運転操作だけでなく内部構造も大きく異なることから、検修陣はもちろん機関士の技術力の高さを見せつけられたものです。

 そして今回、置き換え計画の対象となったED76・EF81の後継となったのが、EF510でした。一部では仙台総合鉄道部に所属するEH500日本海縦貫線に進出し、富山機関区のEF510を捻出して門司機関区に配置転換し、これらの機関車を置き換えるのではないかという予想も立てられていましたが、実際にはEF510の増備新造によって賄われることになりました。

 

 

f:id:norichika583:20200518000222j:plain老朽化する国鉄形電機の置換えを目的に、JR貨物が開発したEF510を自社の仕様に改良して登場したEF510 500番代は、全15両が田端運転所に新製配置された。JR東日本が運行する首都圏対北海道寝台特急である「北斗星」と「カシオペア」に充てることを前提としたため、交直流機の標準塗色である赤13号や、民営化後の赤2号ではなく、「北斗星」用のブルーと「カシオペア」用のシルバーメタリックの出で立ちとなった。特に509、510号機は「カシオペア」と同じ塗装となったが、専用機ということではなかったので、間合いで常磐線の貨物列車を中心に使用された。そのため、写真のように新鶴見でもその姿を見ることができたが、その期間は短くあっけないものだった。(EF510-509〔田〕 新鶴見機関区(敷地外より撮影) 筆者撮影)
 
《次回へつづく》
 
あわせてお読みいただきたい
 

*1:水銀整流器は真空管と呼ばれる電子部品の一種で、真空になったガラス容器の中に水銀を封入することで、交流電流の正弦波を直流電流に変換していた。その構造から、本来は地上変電所など固定された場所で使うため、振動のある鉄道車両に載せることは想定された造りではなかった。それでも、水銀整流器が採用された理由は、シリコンを使った整流器素子(ダイオード)が完成していなかったため、やむなく実績のある水銀整流器を採用した。