旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

貨車の色にも「意味」があった【9】 同じコキ車でも特殊仕様であるが故に

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《前回のつづきから》

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同じコキ車でも特殊仕様であるが故に

 話は随分とそれてしまいましたが、コキ5500は赤3号の塗装で増備が続きました。

 一方、コンテナ輸送のメリットをさらに活かそうと、最高運転速度100km/hで運転される特急貨物列車が計画されました。「たから」も特急貨物列車でしたが、コキ5500の走行性能の制約もあって、最高運転速度は85km/hがせいいっぱいでした。これを15km/h早くすることで、汐留ー梅田間の運転時間を短縮できるだけでなく、梅田よりもさらに西の岡山や広島、門司などを結ぶ長距離列車や、隅田川から青森、そして青函湖連絡船を介して北海道を結ぶ列車が企図されました。

 貨車としては贅沢ともいえる空気ばねをもつTR203を装着した、いわゆる10000系高速化車と呼ばれる一群に、コンテナ車であるコキ10000とコキフ10000が製作されました。

 コキ10000は計画通りに、100km/h運転が可能という走行性能をもっていました。しかし、空気ばねをもつTR203を装着し、ブレーキも応荷重式電磁自動空気ブレーキ(CLEブレーキ)を装備するなど、従来の貨車とは全く異なるメカニズムを採用していました。そのため、CLEブレーキを作動させるための電磁ブレーキの指令回路や、空気ばね台車を装着しているため、通常の空気ブレーキ管のほかに元空気溜め管も必要となるため、連結器は空気管付密着自動連結器を装備するなど特殊な仕様でした。一見するとコキ5500と同じですが、こうした特殊な装備と実際の運用にも注意が必要となることから、赤3号ではなく青15号で塗られていました。この塗装は民営化後、系列消滅するまで維持されていました。

 コンテナ輸送が軌道に乗ってくると、さらに輸送力の強化に迫られました。コンテナ輸送開始から使われていたコンテナは11フィート規格を採用していましたが、この大きさは内容積が14立方メートルと、比較的小さいものでした。一方、船舶による貨物輸送もコンテナ化が進んでISO規格が採用され、最小のものでも12フィートでした。

 そこで国鉄はISO規格に対応したコンテナの運用を決め、12フィートコンテナへと移行していきました。12フィート規格になったことで、コンテナの内容積も17立方メートルへと拡大し、より大きな貨物を載せることができるようになりました。

 この12フィートコンテナに対応したコンテナ車として、コキ50000の製作が始められました。今日の鉄道による貨物輸送の主役であるコンテナ車は、このコキ50000が基本となっています。

 

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国鉄コンテナ貨車の決定版として登場したコキ50000は、12フィートコンテナ5個積、最高速度95km/hの性能をもつ、汎用的な貨車であった。そのため、積載量が少なく運転速度も85km/hに留まるコキ5500や、100km/hの走行性能をもつがこれを引き機関車が限定されるコキ10000と比べて使い勝手がよく、3200両以上も製作されてコンレナ車では一大勢力を誇った。一方で、空車時は写真のように長物車にも見えてしまうことから、識別するために赤2号で塗られていた。

(コキ50626 新鶴見信号場 2011年7月23日 筆者撮影)

 

 コキ50000はコキ10000のような特殊な装備はなく、ブレーキ装置も応荷重装置付自動空気ブレーキ(CLブレーキ)を装備し、台車もコイルばねを採用したTR223を装着しました。最高運転速度は95km/hとコキ10000には及びませんが、それでも高速で走行できる性能を持ち、なおかつ特殊装備がないので汎用的に運用できるようになりました。そのため、塗装もコキ5500と同じ赤3号に戻りました。

 そのコキ50000も、国鉄の分割民営化を間近に控えた1985年に、輸送効率の向上を目的として改造される車両がありました。1列車の輸送力を1200トンにまで引き上げるとともに、1000トンに制限した上で100km/hで運転を可能にするため、ブレーキ装置を作動させるシリンダ圧力の立ち上がりを早める指令変換弁を追設した250000番代が登場しました。この250000番代は、改造当初は未改造車と同じ赤3号でしたが、変換弁を作動させるためには機関車もこれに対応した改造を施した車両である必要があるため、やはり確実に識別できるようにするためと、民営化を控えてイメージアップのために、淡緑色に塗り替えられました。

 

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汎用性に優れ、高速運転も可能なコキ50000ではあったが、分割民営化を目前にコンテナ貨物列車のさらなるスピードアップと、列車当たりの重量を増加させて輸送力の増強を狙って改造されたのが250000番代であった。一見すると改造車なのか、基本番代なのかが識別しにくかったため、車体を淡緑色に塗ることで分かりやすくした。製造当初は高速貨物列車へ充てることが前提で、列車1本が250000番代で連結されて高速運転を実現させたのだが、後継となるコキ100系はさらに性能が上回っていた。外観上では、写真のようにコキ104とコキ250000では床面高さ違いがあり、積んでいるコンテナの屋根の位置をみると、その特徴がよく分かる。

(コキ252223 新川崎駅 2009月7月23日 筆者撮影)

 

 このように、コンテナ車は長物車と識別しやすいように赤3号に塗られ、特殊な取り扱いが必要な形式はこれ以外でわかりやすい塗装を身に纏うなど、バリエーションが豊富だったといえるでしょう。

 ちなみに、コキ5500を改造した37トン積みレール輸送専用の長物車であるチキ5500(二代)は、分割民営化後も旅客会社と貨物会社に継承されました。旅客会社が保有するチキ5500は、自社のレールセンターなどで製作されたロングレールを、自社管内の需要地に送る事業用貨車として運用され、塗装も基本的には黒色となりました。

 一方、貨物会社に継承されたチキ5500は、自前の線路をほとんど持たないので、事業用としてではなく営業用としての保有でした。製鉄所が最寄りにある貨物取扱駅から、旅客会社のレールセンターや需要地などへの輸送用として運用され、塗装も旅客会社のものと識別できるように赤3号に塗られていました。奇遇にも、コンテナ輸送草創期を支えた初代チキ5500と、その改造車である二代目チキ5500は、どちらも「識別」のために赤3号で塗られていたのは興味深いところです。

 

 今回は貨車の塗装について、筆者が鉄道マン時代に得た知識などをもとにお話しました。

 貨車といえば「黒」というのが当たり前で、あまり語られることがなかったと思います。冷蔵車など、特殊な構造、用途の貨車はその色である理由ははっきりとしていますが、コンテナ車などが赤3号、いわゆる「とび色」で塗装されている理由を書いた文献はあまり見たことがありません。貨車が「その色」に塗られていたのにも、それぞれに意味があったのです。

 このことは、筆者が鉄道マンになって貨車について学ぶ中で知り、「そんな理由があったのか」と目からウロコでした。もっとも、今日ではコンテナ車と、私有貨車であるタンク車とホッパ車、そしてごく少数のレール輸送用の長物車がJR貨物に車籍を置いていますが、それぞれに塗装にも意味が持っています。

 今回は国鉄時代から民営化までに在籍した貨車についてお話しました。いずれ、最近製作された貨車についてもお話できればと思います。

 長いお話になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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