旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

いろいろある貨車の標記の意味【1】

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 日本全国津々浦々走り回る貨車は、今も昔もその運用形態は大きく変わることがありません。例えば、東京貨物ターミナル駅から福岡貨物ターミナル駅に向かう列車に組み込まれたコキ車は、到着後に同じ経路を辿って戻るとは限らず、特に検査期限が迫っているときには、編成から外されて最寄りの車両所や貨車の修繕検査を担当する機関区へ回送されていきます。そして、法定検査が済むと再び営業列車へ組み込まれますが、その時にはほかの、例えば札幌貨物ターミナル駅行きの列車に連結されるなどして運用されます。

 国鉄時代もほぼ同様で、特に当時は貨車1両単位で輸送する車扱貨物が中心だったため、今日よりもさらにこうした運用が多く、貨物を取り扱う現場の苦労は計り知れないものがあったことでしょう。

 さて、このように全国で運用される貨車には、その取扱いに関して注意を喚起するなどの標記が書かれています。ここでは、そのいくつかについて紹介したいと思います。

 

■転動防止注意

 この標記は、民営化後に設立されたJR貨物が、国鉄から継承したワム80000形の改造車に書かれていました。JR貨物がワム80000形に施した改造は、二段リンク式走行装置の車軸部分を、従来の平軸受からベアリングを使ったコロ軸受に変えることで、走行性能を改善したものでした。

 平軸受は車軸部分をプレーンメタルで支えるもので、その摺動部は走行することで熱をもつため、焼き付きを防止するため潤滑油としてグリスが満たされていました。全般検査などで分解整備をするときには、この車軸と軸受部に傷や熱による損耗、摩耗などがないかを調べ、検査に合格すると再び組み立てて多量のグリスを詰め込みますが、このときに僅かな埃やゴミなどが入り込まないよう、最新の注意が払われていました。

 そして、この平軸受は車軸部と軸受部が面で擦れ合う性質から、車軸を回転させるためには相応の力を働かせなければならず、その分、貨車を留置していても摩擦抵抗による軽いブレーキがかかった状態になるため、簡単に勝手に走り出すこと、すなわち転動することはほとんどありませんでした。

 しかし、この摩擦抵抗が大きいということは、留置するときに有利でも、走行時には不利に働きます。摩擦抵抗が大きい分だけ、機関車に掛かる負担も大きくなり、電力や燃料の消費量を大きくしてしまいます。

 国鉄時代はそうしたコストを半ば度外視していました。その理由の一つとして考えられるのが、コロ軸受に改造する費用が捻出できなかったことであるといえます。既に当時の国鉄の財政事情は最悪を更新しており、対象となる車両数が多い貨車の改造まで手が回せませんでした。加えて、トラックへの移転により荷主が離れていき、輸送量が減る一方で赤字を生み続ける貨物輸送にそうした投資をすることに消極的だったことと、これに起因する貨物列車の削減と合理化を進めていたことも、コロ軸受への改造に消極的になったといえます。

 

国鉄時代にパレット荷役用に開発・製造されたワム80000形は、二段リンク式走行装置を備え、最高運転速度75km/hの性能をもった有蓋車だった。一貫パレチゼーションの主力として大量に製造され、国鉄分割民営化後はJR貨物に6,588両と大量の車両が継承された。しかし、軸受は旧来からの平軸受(プレーンメタル)で、走行性能はもとより保守の面でも課題があったため、JR貨物は平軸受からコロ軸受に改造を施した。その際、ベアリングを使ったことから転動抵抗が低くなったため、留置時に転動を防止するための注意喚起の標記が、車体下部に記されるようになった。(ワム380130 2011年 新鶴見信号場 筆者撮影)

 

 しかし、民間企業になったJR貨物はそれを無視することはできませんでした。電力や燃料の消費量が大きいということは、その分だけコストが増えてしまい、営業収益を減らすことにつながるからです。ただでさえ財政基盤が脆弱な経営環境の中にあって、少しでもコストを減らして営業収益を上げるのは民間企業としては当然のことで、多少の投資にかかるコストがあっても、長い目で見て運用コストを減らす方が有利になると判断したといえます。

 そこで、軸受部の摩擦抵抗を減らして、走行に必要とするエネルギーを軽減させるために、JR貨物はワム80000形の軸受を平軸受からボールベアリングを使ったコロ軸受への改造を進めることにしました。

 貨車のコロ軸受は既に多くの車両で実績があったので、そのハードルは比較的低かったと考えられます。しかも、軸受のみを従来の平軸受からコロ軸受へ交換するという、改造工事の中では比較的軽微だったこともあって、国鉄から継承し貨車の重要検査を受け持つ輪西新小岩、名古屋、広島、小倉の各車両所と、JR西日本の鷹取松任の各工場で施工されました。

 こうして改造によって製作されたワム80000形380000番台は、青色に塗り替えられて国鉄から継承した車両とは思えないほどイメージを一新しました。しかし、コロ軸受にしたことで摩擦抵抗が少なくなったため、留置時に場合によっては転動、すなわち無人で暴走する可能性があったのです。

 そのため、ワム80000形380000番台には「転動防止」の標記が記されていました。留置時には確実に留置ブレーキをかけることを操車担当の職員に注意喚起するためで、全ての改造車両に表示されていたのです。

 

《次回へつづく》

 

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