旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 発想はよかったけれど技術が追いつかなかった冷凍貨車・レ90【2】

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《前回からのつづき》

 

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 第二次世界大戦終結とともに進駐し、その後も駐留を続けている在日米軍は、冷蔵車に対する考え方が異なっていました。これは食文化の違いからの影響もあると考えられますが、欧米では冷蔵車で輸送する貨物の多くが食肉でした。また、基本的に鉄道で輸送する場合は長距離になることがほとんどで、日本ではそれと比べると輸送距離は極端に短いといえるのです。国土の大きさの違いが、こうした貨物輸送の考え方にも違いとして現れ、在日米軍では輸送距離の長短は考慮せず、1960年代に実用化された機械式冷凍機を貨車に搭載し、食肉や冷凍食品などを冷凍輸送する方法を日本にも持ち込もうとしました。

 在日米軍からの要請もあり、国鉄ではレ5000に機械式冷凍装置を搭載した試験が実施されます。当時の日本に機械式冷凍装置を製造する技術はなかったので、これもまた在日米軍からアメリカサーモキング社製の装置の提供を受けて試験が行われたことから、いかに在日米軍の意向が強かったかが推測できます。

 

アメリカで運用されている機械式冷凍装置を搭載した冷蔵車ARMN761511。日本とは比べものにならない長距離で運用する冷蔵車は、温度を保ち積荷の鮮度を保つために、このような冷蔵車も数多く運用されている。しかし、一度に多くの貨物を輸送するというアメリカの貨物輸送の事情と、日本の小分けして輸送する事情とは異なり、二軸ボギー台車を装着したこのような大型の冷蔵車が多いのも特徴といえる。車体の色は、断熱塗料ともなる白色が基本であるのは、国が変わっても同じのようである。(©Photo by Sean Lamb (User:Slambo), CC BY-SA 2.0, 出典:Wikimedia Commons)

 

 このレ5000(レ5003)に冷凍装置を搭載した試験は、概ね良好な結果が得られたことから、機械式冷凍装置を搭載した本格的な冷蔵車である、レ9000とレサ900を製作しました。レ7000とレキ1の改造によって製作された冷凍装置装備の冷蔵車は、レ9000が7両、レサ900が4両と非常に少ない数だけが製作されるにとどまりました。これは、機械式冷凍装置は在日米軍が提供したことと、食品の冷凍輸送は在日米軍の要請によるもので、国鉄が一般の顧客に対して提供するサービスではなかったことから、必要最小限の数だけの製作になったのでした。

 このような特異な、そしてほぼ専用の貨車を使った輸送を実施した背景には、米軍の兵站によるものがあったといえます。

 通常、軍事組織は平時、有事を問わずに兵站、すなわち補給が大きな位置を占めます。満足な補給が行われなければ、前線の部隊に武器や弾薬など必要な物資が行き届きません。そうなると、有事の場合は弾薬がすぐに底をついてまともに戦うこともできなくなります。そして、なんといっても前線で戦う兵士は生身の人間です。優秀な兵士を維持するのは、武器や弾薬ではなく質の高い食事だといえます。その食事も粗末になればなるほど兵士の士気は下がり、底をつけばいくら訓練された優秀な兵士といえども、体力は落ち栄養失調、果ては病気になる者が増えてしまいます。

 米軍はこの補給=兵站を非常に重要視しているため、兵士の食事にも規格化されたものを効率よく運んでいました。その中には生鮮食品だけでなく、冷凍食品も含まれていたのです。すでにこの頃は、アメリカなどでは冷凍食品は一般にも多く食べられていたので、米軍もまた冷凍食品を前線の基地に補給する必要がありました。そこで、わざわざ自国の機械式冷凍装置を提供してまでも、国鉄に冷凍品を輸送することができる冷蔵車の製造と運用を求めたと考えられるのです。

 こうして私有貨車ではないものの、ほとんど在日米軍専用のようなレ9000とレサ900は、東横浜駅を常備駅として、三沢や千歳、博多港、門司埠頭など、大規模な米軍基地の近隣の駅へ食肉や冷凍食品の輸送に活躍しました。

 

終戦後、GHQの方針により製造することになったレキ1形は、1両で大量輸送をすることで効率性を追求するアメリカの輸送事情をそのまま持ち込んだため、荷主ごとに1両を借り切って小分けで輸送するという日本の輸送事情とはアンマッチして、あまり使われることはなかった。そうした中で、在日米軍は各地の基地への生鮮品輸送に、機械式冷凍装置を設置した冷蔵車を改造により製作、レサ900形が東高島駅(後に横浜港駅)を常備駅として全国で運用された。(出典:国鉄貨車形式図 1971年 日本国有鉄道より抜粋)

同じく、在日米軍からの要望で、レ7000形から機械式冷凍装置を搭載して製作されたレ9000がた。レキ級では冷凍装置が占める面積はさほど大きくないように感じられるが、二軸貨車となるとその専有面積の大きさがわかる。この部分はデッドスペースになり、荷室の容積も減少している。(国鉄貨車形式図 1971年日本国有鉄道より抜粋)

 

 国鉄在日米軍の要請によって、機械式冷凍装置を搭載した冷蔵車であるレ9000とレサ900を運用して良好な成績を収めたことと、その積荷である冷凍食品というものに大きな衝撃を受けたのでしょう。アメリカなどでは、冷凍食品は一般の家庭でも利用される食品であること、そして日本の食文化がそれまでの伝統的な和食から、欧米の洋食が一般にも受け入れられつつあり、これからは冷凍食品の需要が大きくなると考えました。

 また、従来の冷蔵車のように一定程度、低温状態を保つだけでは十分でないものも、冷凍状態なら鮮度・品質ともに損なうことなく輸送できるようになるため、これからこうした需要も拡大していくであろうと考えたのです。

 そこで、国鉄は国産の冷凍機を使った冷蔵車を開発しました。これが、レ90形だったのです。

 

《次回へつづく》

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