旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

貨物駅の名称 東○○、浜○○の「東」「浜」とは何?【3】

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《前回のつづきから》

 

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 「浜」を冠する貨物駅も多くありました。こちらは港湾部に限らず、主要駅から見て海浜にあるという意味でつけられたものといえますが、多くは港湾部に隣接した工業地域の中に設置されています。

 首都圏でいえば、浜川崎駅がその好例とえるでしょう。浜川崎駅は現在も稼働をしていて、周辺の工業地帯から受発送される貨物を扱っています。浜川崎駅東海道貨物線鶴見線、そして南武線の3線にわたって所属する駅ですが、開設した鉄道事業者がそれぞれで異なる変わった駅です。

 南武支線浜川崎駅駅舎とその構内の様子。国鉄時代、南武支線浜川崎駅には駅員が配置されていて、出改札業務も行っていた。手前の道路を挟んで、鶴見線浜川崎駅があり乗り換えには一度改札を出る必要があった。分割民営化後は、JR貨物の職員がJR東日本から委託を受ける形で出改札業務を継続したが、後に委託を解消して旅客扱いについては無人駅となった。しかし写真下のように東海道貨物線南武支線の結節点であることや、当駅から発送される貨物もあったため、構内の操車作業を行うための職員は配置されていた。東京貨物ターミナル駅を発着するすべての貨物列車は、当駅を必ず通過するので、日本の大動脈ともいえる。(©DAJF CC BY-SA 4.0 出典:Wikimedia Commons〔写真上〕 ©toshinori baba, CC0, 出典:ウィキメディア・コモンズ〔写真下〕)

 

 南武線浜川崎駅南武鉄道が、鶴見線浜川崎駅は鶴見臨港鉄道が開設したため、両者の駅は道路1本隔てた位置にあるという、同一駅でも非常に珍しい構造をしています。東海道貨物線浜川崎駅鶴見線南武線を結ぶように設置され、この駅は東京方から鶴見方と尻手方に分かれるY字型の線路配置をしています。

 そして貨物駅としての浜川崎駅は、主に車扱貨物を扱っていましたが、原則として車扱貨物輸送を廃止した現在では、浜川崎駅発着の貨物はほとんどなくなりました。それでも、この駅は貨物輸送で重要な役割を担っているため、JR東日本の職員は無配置ですが、JR貨物の職員は配置されています。(現在は、神奈川臨海鉄道に委託)そのため、分割民営化直後は、JR東日本の職員に代わって、JR貨物の職員が改札業務を行っていました。駅の業務をJR貨物JR東日本に委託するケース(八王子駅など)は多く見られましたが、その逆にJR東日本JR貨物に委託するケースは非常に稀でした。

 同じ鶴見線に、かつては浜安善駅という貨物駅がありました。現在も、安善駅の構内側線扱いで残っていますが、これは安善駅よりもさらに海沿いにあるということでの命名と考えられます。浜安善駅は、主に在日米軍の燃料を発送する駅として機能していました。在日米軍鶴見貯油施設に陸揚げ貯蔵されたジェット燃料などを、横田基地や横須賀海軍施設、厚木海軍航空施設など、近隣の在日米軍基地へタンク車で輸送する発送地点でした。現在もこの燃料油槽は続けられ、不定期ながらも横田基地へ列車が運行されていますが、発送駅は安善駅の扱いに変わっています。

 

鶴見線安善駅からは、石油支線と呼ばれる貨物支線が分岐していた。その支線にあった浜安善駅は貨物専用の駅で、かつては多くの石油類を発送していた。1986年11月で石油支線の廃止とともに浜安善駅も廃止されたが、安善駅の構内扱いとして現在も残っている。これは、在日米軍鶴見貯油施設から横田基地や厚木海軍航空施設(現在は輸送は廃止)へジェット燃料などを発送するためで、不定期ながらも列車が運行されている。(パブリックドメイン 出典:Wikimedia

 

 加えて、今日の浜川崎駅東京貨物ターミナル駅を発着する列車にとって、重要な結節点としての役割もあります。特に、東京貨物ターミナル駅隅田川駅を結ぶシャトル列車は、この浜川崎駅を経て、南武線尻手短絡線から新鶴見信号場、武蔵野線を通って運行されています。この都内の直線距離にすればさほど距離のない駅間を、神奈川県と埼玉県を経由する大回りで運行している列車は、東京都区内の自動車交通量を減らし、交通事故の削減や環境負荷の軽減など、様々な効果が期待されています。また、東京都区部の南部から東北・北海道、そして北陸や上信越方面を結ぶ列車は、必ず浜川崎駅南武線浜川崎支線に転線する分岐点として重要な役割を担っています。言い換えれば、首都圏、特に東京の物流にとってこの小さな駅は、なくてはならない存在だといえます。

 他にも「浜」を冠した駅はあり、鹿児島本線浜小倉駅などがあります。浜小倉駅も貨物駅として開設されていますが、小倉駅から見て海側にあるかというとそうではなく、同じ本線上の博多方にある駅でした。それなら「西小倉駅」の方があっていると考えられますが、すでにこの駅名は日豊本線の駅に使われていたため、貨物駅でも使われることの多い「浜」を冠して浜小倉駅になったのではないかと考えられます。

 浜小倉駅は、筆者が貨物会社の職員として赴任した頃は、北九州地域の貨物輸送を担う拠点駅でした。コンテナ貨物を取り扱い、本州方面や九州島内各地を結ぶ多くの貨物列車が設定されていました。当時は今日のようなE&S(着発線荷役)はなく、着発線と荷役線の間は貨車を入れ換える必要があり、また列車の本数もそれなりに多かったため入換作業も激しく、浜小倉駅で実習勤務に就いていた同期の職員は、実際に入換作業にも携わり、時には突放も経験したことを話していました。

 しかし、浜小倉駅はその敷地がコンテナ貨物を扱うには狭く、増加する貨物量に対応できなくなっていきました。そこで、日豊本線苅田港駅に分散させましたが、そのことで効率が悪くなってしまいました。また、苅田港駅は鹿児島本線から日豊本線へ直通することが難しく、西大分駅などへ列車を運行するには、一旦門司駅へ向かってそこで方向転換させなければならず、この面でも効率が悪いものになっていました。

 当時遊休地となっていた旧門司操車場跡地を整備し、北九州の新たな貨物輸送の拠点液として北九州貨物ターミナル駅が完成・開業すると、浜小倉駅苅田港駅の機能はすべて北九州貨物ターミナル駅へ移管しました。

 浜小倉駅北九州貨物ターミナル駅の開業で、貨物駅としての機能は停止しましたが、駅そのものは廃止されずに残っています。コンテナホームや仕訳線などのレールは撤去されていますが、待避駅としての機能は維持され、乗務員が使う時刻表上には浜小倉駅の時刻が記載されているなど、運転取扱い上は駅として機能しています。

 

《次回へつづく》

 

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