旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

EF510 300番台の増備で置き換えが確実になった九州の赤い電機の軌跡【17】

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《前回のつづきから》

 

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 1990年代に入り、「みずほ」の廃止や「あさかぜ」の減便に始まり、伝統的な列車だった「さくら」と「はやぶさ」の車両を減数させ、二つの列車を併結させたことから、かつて栄光の列車としての面影は失われ、もはや風前の灯となっていったのでした。こうした列車の廃止や減便、併結によりED76形はさらに運用を失ってしまいました。

 貨物列車もかつて隆盛を誇った姿とは一変していきました。これまでにも触れてきたように、1984年2月のダイヤ改正ではヤード継走輸送方式から拠点間輸送方式へ転換し、原則として車扱貨物は廃止してコンテナ貨物へと移行しました。そのため操車場は全廃となり、九州地区でも門司操、香椎操、鳥栖駅の操車場機能は停止されました。そして、貨物取扱駅も大規模な集約が進められた結果、解結貨物列車はほぼ全廃、代わってコンテナ貨物列車が設定されましたが、その数はかつての規模ではありませんでした。

 

民営化後も長らく運転されていた「富士」は、長い歴史をもつ伝統的な列車だった。ED76形が掲げるヘッドマークも、戦前に掲げられていたものをモチーフにしたもので、国鉄・JRの寝台特急の中では異色の存在だった。そして、日本で最長距離を走る旅客列車だったが、それも利用者の減少などによって運転区間を短縮、さらに食堂車の営業廃止や連結両数の減車など、時代の移ろいとともにかつての栄光からは想像もできなかったほどの寂しいものになっていった。しかし、ED76形の登場は「富士」にとっては重要なできごとで、それまでDF50形などが先頭にたっていたのを置き換え、電化された日豊本線を電機で運転されるようにした。(写真AC)

 

 それでも、貨物輸送にとってED76形は九州地区で欠かすことのできない存在であり、福岡貨物ターミナル駅から本州以北の各地に向かう列車や、逆に関門トンネルを超えて本州からやってきた列車を門司駅で引き継ぎ、九州各地のコンテナ取扱駅へ向かう列車を牽く運用に充てられました。

 このように、九州地区での客車列車、貨物列車の減少によって運用も減り、若いものでは車齢15年程度しか経っていない車両が余剰化して休車になるなど、けして安泰とはいえない運命を辿りました。

 1987年の分割民営化でED76形は、初期車に分類される菱形パンタグラフを設置した第1次車と第2次車、そして下枠交差型パンタグラフを設置した第3次車はほとんどが余剰となって廃車となります。皮肉にも、ED72形やED73形などといった黎明期の交流電機を車齢20年程度で廃車に追い込んだのと同じく、電車や気動車への転換によって、車齢が若いにも関わらず淘汰される運命を辿ったのでした。

 こうして、残る第3次車のごく一部と、第4次車以降と1000番代はJR九州JR貨物に分かれて継承されました。JR九州には0番台36両が継承され、大分運転所(現在の大分鉄道事業部大分車両センター)に配置されました。

 分割民営化直後は、JR九州保有するジョイフルトレインによる臨時列車や、日豊本線に残った客車列車を牽いたり、ブルートレインの先頭に立つ運用に充てられたりしましたが、ジョイフルトレインの廃車や普通客車列車の廃止などによって運用も減ったため、最終的には3両が残るのみになりました。それも、2009年に「富士」「はやぶさ」が廃止になると定期運用も失い、2012年にJR九州保有するED76形はすべて廃車となり、製造から40年弱でその歴史に幕を閉じたのでした。

 JR貨物にも、ED76形は継承されました。0番台7両、1000番台18両の合計25両が門司機関区に配置れました。0番台よりも高速列車仕様の1000番台が多いのは、車齢が比較的若く長期に渡って運用が可能であること、そして分割民営化当時は電磁自動空気ブレーキを使う10000系貨車の一員であるコキ10000形の運用が続いていたことが考えられるでしょう。実際、筆者が貨物会社に入社した1991年当時も、特徴のある空気ばね台車を装着したコキ10000形で組成した高速貨物列車が運転され、小倉車両所では全般検査で入場してきた現場に立ち会ったことがありました。

 また、経営基盤が非常に脆弱でることから、非常に厳しい状態が続くことが予想されていたことから、JR貨物に継承させる車両は必要最小限であることとともに、比較的状態がよく車齢の若い車両を中心に継承させ、高価な機関車を新製あるいは開発しなくとも、当面の間は国鉄から継承させた車両で必要数を充足させる意図もあったと考えられます。

 こうして、門司区に配置になったED76形は、関門トンネルを超えて本州からやってきた貨物列車などを門司駅で引受、九州各地に向けてこれを牽く運用に充てられました。また、九州島内発着の貨物列車はその数こそ少ないものの、それはまさにED76形の独壇場といっても過言でないほど、重用されてきた機関車となったのです。

 

《次回へつづく》

 

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