旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

電気釜+簡易貫通扉の「魔改造」の始祖?381系先頭車化改造車【2】

広告

《前回からのつづき》

 

blog.railroad-traveler.info

 

 381系は急曲線を傾斜装置の一つである自然振子を使って、曲線通過時に生じる遠心力を緩和して乗り心地を損なわないようにするとともに、遠心力によって車輪の浮き上がりなどによって脱線することを防ぎ、高速で通過を可能にしました。そのため、485系など他の特急形電車よりも裾絞りを大きく取ることで、車体傾斜時に建築限界に抵触しない構造となりました。この独特な車体断面が、381系の外観上の大きな特徴の一つとなったといえます。

 また、遠心力の働きを可能な限り抑えることと、軌道への負荷を抑えるために、車体はアルミニウム合金でつくられました。アルミニウム合金を車体に使ったのは、国鉄の車両では営団地下鉄東西線直通用に製作された301系と、後年に営団地下鉄千代田線直通用に製作された203系のみで、特急形電車としては381系が唯一のものとなりました。

 加えて、381系では重心を低く抑える工夫がなされました。これは、重心が高いほど曲線通過時の遠心力が大きくなるためで、床下には多くの機器が設置されました。冷房装置も485系などでは屋根上にAU13形やAU72形などが搭載されていますが、381系ではこれも床下に設置、冷房能力28,000kcal/hのAU33形集中式冷房装置を搭載しました。そのため、屋根上には集電装置以外は何もないスッキリした形状になっています。

 

伯備線の有名なカーブを通過する381系「やくも」。381系は自然振子式傾斜装置を装備するため、急曲線を通過するときにはこの装置を作動させて、車体を傾斜させる。これにより、遠心力を相殺し乗り心地を向上させるとともに、通過速度も本則+10〜20kmh/hを可能にして、列車の所要時間を大幅に短縮することができた。写真の車体底面と軌道面の傾斜角度に違いが見られ、車体傾斜装置が作動していることがわかる。(出典:写真AC)

 

 先頭車となるクハ381形の前面形状は、運転士の視認性に配慮した高運転台構造とし、183系0番代や485系200番台とほぼ同じ、いわゆる「電気釜」スタイルとなりました。この前面は分割併合に考慮した貫通構造で、前面は中央部から分割して開く外扉と、内側には貫通幌とともに中間車と同じサイズの内扉が設けられていました。この貫通扉の構造は複雑で、検修のときにも工程数が多くなるなど課題もありましたが、特急用として使われることが前提であったこともあって、外観の体裁が優先されたと考えられるでしょう。

 後に「やくも」用に増備されたクハ381形100番台は非貫通構造となったため、非常にスッキリしたスタイルに改められました。

 主電動機も591系で試用されたMT58を装備しました。MT58は1時間定格出力120kWと、電車用主電動機の標準機器ともいえるMT54と同じ出力ですが、主電動機本体を軽量化し高回転が可能なものです。高回転が可能になった分、トルクは低下してしまうため、歯車比は急行形電車と同じ4.21に設定されましたが、1時間定格速度は72km/hにまで引き上げることができました。

 381系のもっとも大きな特徴である自然振子式車体傾斜装置は、曲線通過時の速度を従来の車両では本則(安全に曲線を通過することができる本来の制限速度)+5km/hであったのが、+20km/hまで可能になりました。このことにより、連続で曲線を通過する速度がR400であれば最大で90〜95km/hとなり、「しなの」「くろしお」の所要時間を大幅に短縮させることを実現させ、電化の効果を高めることに成功しました。

 ただし、この画期的な自然振り子式車体傾斜装置も万能であるとはいえませんでした。この装置を使って曲線を通過するときに、車体は従来車と比べると傾きが大きくなるため、集電装置が架線から離れる可能性が大きくなってしまいます。これに対応するためには、架線の張り方は一般路線とは異なる方法が用いられるため、381系が投入された区間は新たに電化された中央西線紀勢本線伯備線に限られ、東海道本線などを走行するときにはこの装置を使うことができませんでした。

 

特急「くろしお」の運用に就く381系。「くろしお」が運転される紀勢本線も急曲線が数多く存在し、列車の所要時間に影響を与えていた。381系の投入によって、所要時間を短縮させることを実現した。(出典:写真AC)

 

 さらに、381系の自然振り子式車体傾斜装置は、乗り心地の面でも大きな問題を抱えていました。急曲線を通過するときに遠心力を抑えて乗り心地を改善するための装置ですが、実際に曲線を通過するときには緩和曲線と呼ばれる緩いカーブから本来の曲線に入った途端、車体の傾斜は一気に最大値までになってしまいます。これは、自然式の弱点ともいえるもので、緩和曲線では車体を支えるコロが摩擦によって傾斜を抑えていますが、本来の曲線に入ると摩擦が最大値を超え、車体が一気に傾いてしまうことで不自然な揺れが生じるのです。他にも曲線通過時に縦揺れも生じるなどするため、乗客の中には乗り物酔いを訴えるケースが多く、「くろしお」や「やくも」は、「げろしお」とか「はくも」と列車名から揶揄されたといいます。

 とはいえ、国鉄初の車体傾斜装置を装備した381系は、急曲線を多く抱える線区での所要時間を大幅に短縮することを可能にし、1987年の国鉄分割民営化の時点で新製から20年も経っていなかったことや、これに代わる適当な車両もなかったこともあって、全車が継承されて活躍を続けることになりました。

 

《次回へつづく》

 

あわせてお読みいただきたい

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info