旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

ヒューマンエラーを防ぐために【1】

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 いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。

 最近、ほんの些細なヒューマンエラーから起こる事故が多いような気がします。ちょっとした確認をすれば、そのような事故は防ぐことができたにも関わらず、確認を怠ったがゆえに大騒ぎになったり、被害が大きくなったりするのです。

 例えば、世間を騒がせている「マイナンバーカード」の紐づけ問題も、きちんと確認をすればよかったものを、それをしなかったがために、健康保険証や障害者手帳などなど、まったく違う人のものと紐づけされていて、個人情報が流出したというものです。

 筆者の身の回りでも似たようなことがほぼ毎年のように起こっています。個人情報を含んだリストをExcleなど表計算ソフトの上で作成はしたものの、ほかのシートへコピーをする際に、ペーストをする先の行を間違えたり、数値などの入力ミスをしたりしたことで被害が出てしまったということです。

 さて、安全輸送を最大の使命とする鉄道の世界では、ケアレスミスなどのヒューマンエラーに起因する事故は、それがどんな些細なものであろうとも、致命的な大事故につながるとして特に戒められています。

 

 

 そのヒューマンエラーを防ぐために、鉄道では様々な手立てが講じられ、実践し、そして「義務付け」されているのです。そして、ヒューマンエラーから発生する事故を防ぐために、ATSやATCなどといった保安設備のハード面と、それに携わる鉄道職員自身が教育訓練などを通して実践するソフト面の両面から、多くの防止策が取られています。

 例えば、多くの人が目にする機会が多いのが、運転士や車掌の指差称呼でしょう。

 列車を発車させるときに、車掌が乗務している場合は、ホームに設置されている出発反応標識を指差称呼で必ず確認をします。そして、乗客の乗降が終わって安全であることを確かめてから、車掌スイッチを操作して乗降用扉を閉め、運転士に出発可の合図を送ります。

 運転士は車掌から出発可の合図を受け取ると、ドア閉め知らせ灯が点灯していることを確認し、次いで前方にある出発信号機を確認します。青現示であれば「進行」、黄現示であれば「注意」など、信号機の灯色によっても変わります。そして、出発信号機によって進路が開いていれば、運転士は「出発、進行」など信号機を指差称呼して、ようやくブレーキを緩解してマスコンのノッチを入れていくのです。

 列車が発車すると、車掌は走り去ろうとしているホームの安全確認をするために、乗務員用扉の細い窓から身を乗り出して監視し、ホームを過ぎ去ると必ず後方を確認します。この時にも指差称呼して、線路上に異常がないかを確かめます。万一、気づかないうちに人を轢いてしまっていたり、あるいは車両から何らかの機器が落下していたりすれば、たちまち事故になるので列車を止めなければなりません。車掌は異常時に列車を停止させることができるように、車掌弁を操作する準備をしています。

 こうした乗務員の確認によって列車が無事に本線上を走行している最中も、運転士は次々に安全のための確認作業をこなしていきます。

 鉄道事業者によって運転取扱規則は異なりますが、筆者が経験したJRの場合、本線上にある閉塞信号機は、発駅の出発信号機から着駅の場内信号機までの間に設置されています。そして運転士は、自分が乗務する路線のすべての信号機の種類と位置を頭に叩き込んでいますが、けして、指差称呼を省略することはありません。

 例えば、A駅からB駅の間に、10区間の閉塞が設定されているとすれば、A駅の出発信号機と9個の閉塞信号機が設置されています。そして、「第1閉塞、進行」とか「第5閉塞、注意、制限45」などと、信号機の名称種類、そして現示の種別と、速度制限がかかっていればその速度の数値を称呼するのです。

 また、保守作業や工事など、線路上で作業が行われることがあります。この場合、列車の安全な通過や、作業をする職員などの安全確保のために、臨時に速度制限が設けられます。その場合、臨時信号機という標識が設置されます。臨時信号機は「機」となっていますが、円盤にそれぞれ対応した色の反射板なので、一見すると標識ですが運転取扱上は信号機として扱われています。その信号機は、徐行予告と徐行、そして徐行解除の3種類あり、やはり運転士は「徐行予告、制限45」「徐行、制限45」「徐行解除」を指差称呼して運転機器を操作しています。

 この他にも、見通しの悪いところなどには中継信号機が設けられ、運転士はこれを視認すると「中継、進行」などと指差称呼をするのです。

 列車が走行中、運転士は信号以外にも指差称呼をします。

 JRの場合、運転士は自分が乗務する行路の時刻表を、運転台の右側に掲示して運転操作をします。時刻表は列車ごとに分けられていて、例えば「4051列車」とすると、点呼時にこの列車の時刻表が運転助役から渡されます。そして、その列車に乗務するときに、この時刻表を右側に掲示して、自らが運行する列車が時刻通りに正確に走らせているかを確かめるのです。

 筆者が鉄道職員時代に添乗したのは貨物列車です。旅客列車とは違い、一般の駅はほとんどすべてが通過してしまいますが、機関士が持つ時刻表には通過する駅とその時刻が記されています。

 例えば、鹿児島本線門司駅から福岡貨物ターミナル駅までの乗務の場合、発駅となる駅は門司駅でした。しかし、貨物列車は門司駅そのものには停車はしないので、その次の行に門司(操)と書かれ、発車時刻が記されています。機関士は支給品の懐中時計を見て、定刻になると前方の出発信号機を確認し、停止現示でないことを確認すると、「出発、進行」の指差称呼のあと、時刻表と時計を照合して定刻であるか否かを確認するのです。

 さらに、当時は香椎駅の構内扱いになっていた香椎操車場まで、貨物列車は停車することなくすべての駅を通過していました。ある意味では、特急列車よりも貨物列車のほうが早いのですが、通過駅でも信号機の現示を確認するとともに、時刻表に示されている通過時刻を確認しています。「東小倉通過、定時」とか「八幡通過、遅れ1分」といった具合で、駅を通過するたびにこの作業をしています。遅れがあれば回復運転を、早発であれば速度を抑えめにするなど、その時々に合わせた運転操作と技術が求められるのですが、どんなに遅れようとも決して欠かさないのが確認動作なのです。

 

《次回へつづく》

 

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