《前回のつづきから》
ED72形の車体は、ほかの直流機はもちろん、ED70形やED71形とは異なった特徴のある形状が採用されました。前面は非貫通型で、この基本的な意匠は直流機とかわらなかったものの、前面の形状は側面から見ると「く」の字形に折り曲げられたものになる、別名「鳩胸」とも呼ばれる九州用交流機を特徴づけるデザインでした。
試作機である1号機は前部標識灯を前面中央幕板部に長方形の台座を設け、ここにシールドビーム灯を2個配置していました。これは推測ですが、当時、国鉄が新製していた多くの電機は、前部標識灯を1個だけ設置していたことから、左右に振り分けるのではなく同じ用に中央部に集約したのではないかと考えられます。もっとも、この前部標識灯が1個のみというのは、当時の鉄道車両に関する規定によるもので、原則として1個のみ設置することが認められていましたが、後に151系電車が登場する際に2個以上を設置するために特許を得、さらに規定が改正されて2個以上の設置が認められるようになったと考えられます。
量産機である3号機以降は、シールドビーム等を前面上部の左右に振り分けたスタイルになり、国鉄電機でよく見られる標準的な配置になりました。ただし、その取り付けからはEF65形などに見られるものとは異なり、前部標識灯は埋め込み式で取り付けられていました。そのため、先負標識灯の周囲には凹んだ部分があるため、走行中に前面についた雨水が風圧で上がってここに溜まりやすくなり、それが原因で腐食を起こしやすいという欠点を抱えていました。同じ形状の前部標識灯を採用したEF80形第1次車はこれの対策として、前面窓の上部に庇を取り付けましたが、ED72形ではそうした後天的な改造工事は施されませんでした。
ED72形3号機以降量産車の形式図。前面の前部標識灯はシールドビーム灯2個を上部左右に振り分けるなど、国鉄電機非貫通型の標準的な意匠となった。側面も横長のフィルター窓を並べ、丈夫には細い採光用のガラス窓を設置するなど、大幅に変更になった。駆動装置も変わり、1・2号機がクイル式であったが吊り掛け駆動に戻されている。(出典:電気機関車形式図 1976年日本国有鉄道)
側面も1・2号機と3号機以降の量産機では大きく異なりました。試作車では、EF60形やED71形と同様に、同一寸法のルーバー窓と採光用のガラス窓を組み合わせたものになり、端部からルーバー窓2個とガラス窓1個の組み合わせが3個半というものでしたが、2号機以降は乗務員扉間の前面に渡ってルーバーを配置し、その上に採光用の細い窓を設けるスタイルに変更されました。
前述の通り、九州島内にはまだ数多くの蒸機が残っていました。東北本線や北陸本線では、交流機のメリットの一つである電気を取り出して暖房用の電源に充てることが容易であることから、牽引される客車側に電気暖房装置を追設、あるいは新製時から設置して対応することにしましたが、九州島内で電気暖房を使うことができるのは、門司港駅―久留米駅間に限られてしまうことなどから、引き続き蒸気暖房を標準としました。その蒸気暖房用の熱源として、ED72形には蒸気発生装置を搭載していました。
この蒸気発生装置は電機に搭載する機器類の中でも大型のものであるため、機器室に占める面積もそれなりに必要になります。どのくらいの大きさなのかは装置の製造年代によっても異なりますが、蒸気発生装置本体だけでいえば、およそ畳半畳分は軽く占めるほどです。筆者が門司機関区に勤務してた時代に添乗したDD51形500番台には、運転台キャブのど真ん中に蒸気発生装置がドンと設置されていて、運転台を非常に狭くしていました。ところが、蒸気発生装置を省略した貨物用の800番台の運転台キャブは広々としていて、添乗中に立っていて車両が揺れると捕まったり体を支えたりするところがないため、両足で踏ん張るしかなかったのです。
また、蒸気発生装置で高圧蒸気を発生させるためには、燃料である灯油を燃焼させて水を加熱します。そのための灯油と水も積載しなければならないので、その分のタンク類も機器室や床下に設置しなければなりません。ED72形では灯油タンクと水タンクは床下に設置されていましたが、やはりその分だけのスペースが必要になります。
蒸気発生装置や灯油タンク、水タンクの分だけ重量も重くなるので、輪軸にかかる重量、すなわち軸重も重くなってしまいます。特に交流機はD級機で直流機のF級機と同等の粘着性能をもつとされたため、D級機を基本として開発されました。ED72形もD級機なので、動輪軸は全部で4軸となるため、これらの重量が重くなった分だけ軸重も重くなってしまいます。しかし、軸重が重すぎると軌道へ与える影響が大きくなりすぎ、場合によっては軌道破壊を起こして脱線事故などの危険性が伴います。
動輪軸にかかる軸重を軽減させるために、ED72形は車両の中央部に軸重を負担するためだけの中間台車が装着されました。この台車は主電動機などを装備しない付随台車で、スポーク型ホイールにリムとタイヤから構成される輪軸を使ったTR100形で、国鉄電機で初めて中間台車を装着しました。このTR100形を装着したことで、燃料と水を満載したときの軸重は16トンに抑えることができ、蒸気発生装置を使わないときは14.8トンまで軽減できました。
《次回へつづく》
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