旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【4】

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《前回からのつづき》

 

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 ところが、すべての電機やディーゼル機に重連総括制御装置を装備しませんでした。重連運転を想定していない車両には、使いもしない装置を装備させては製造コストが割高になるのです。それだけでなく、検査などでは重連総括制御装置もその対象になるので、余計に手間がかかってしまいます。検修の工数も増えて、運用コストを押し上げてしまうのでした。

 そうしたことから、重連総括制御装置をもたない機関車が重連運転をするときには、蒸機時代と同じく1両ずつに機関士を乗務させる必要があったのです。また、実際の運転の際には、先頭の機関車に乗務する機関士が汽笛などで合図を送ることで、次位の機関車に乗り組んだ機関士はそれに従った運転操作をする「協調運転」という方法がとられましたが、これには相当の訓練をしなければなりません。機関士なら誰でもできるようなものではなく、高い運転技術が求められたのです。こうした協調運転ができる機関士の養成にも相応のコストがかかるので、やはり経済的には不利だったといえるのです。

 また、あまり語られていませんが、重連運転は線路にも大きな負担がかかります。機関車は単機でもかなりの重量があり、高速で走るほどに線路に負担がかかります。単機であれば機関車1両分だけの負担ですみますが、ただでさえ重量のある機関車が、高速で2両も同時に通過すれば、線路の負担も2倍になり、砕石の突き固めといった保線作業の周期を短くしてしまいます。当然、保線区員の作業も増えしまうので、場合によっては保線区に配置する施設係の人員も多くしなければなりません。

 加えて電機の場合は、電車線(架線のこと)にも負担をかけてしまいます。電機のパンタグラフは電車用のものとは異なり、押し上げ強度が強く設定されています。これは、大電流を1両で消費するため、押し上げ強度が低いと集電能力が不安定になり、電機の性能を著しく損なうおそれがあります。しかも電機に搭載するパンタグラフは2基だけなので、電車と比べて出力の大きい主電動機に安定した電流を流すためには、パンタグラフを機関車用の強さにしなければならないのです。

 この押し上げ強度が強いパンタグラフをもつ電機が、重連でしかも高速で走行すれば、当然、パンタグラフを通して電機に電流を供給するトロリー線もまた、消耗が激しくなってしまいます。電車線の保守管理を担う電力区の負担も増え、さらには消耗したトロリー線の交換頻度を短くしてしまうのでした。

 このように、機関車の重連運転は一定のメリットはあったものの、運用、検修、運転、施設、電気といった分野で多くの負担があり、それだけ運用コストが多くかかってしまうので、できることなら避けたい運転方法なのです。

 10000系高速貨車による特急貨物列車の運転は、荷主へのサービス向上ばかりではなく、離れていった荷主を呼び戻すことも狙っていたので、強力な新型機の完成を待っていては、チャンスを逃すばかりか、トラックなどへの転換をする荷主が増えないとは限りません。言い換えれば、特急貨物列車は国鉄の貨物輸送の切り札でもあったのでした。

 そこで、デメリットは数多くあるのは承知の上で、特急貨物列車の運転を可能にするため、牽引力もあり高速性能も一定水準にあるEF65重連運転で、新型機完成までを凌ごうとしたのでした。

 こうして、寝台特急の運転用に製造されていた500番代を、特急貨物列車の運転に必要な装備を追加した500番代F形が登場したのでした。

 

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東海道本線の貨物支線の一つ、品鶴線新鶴見信号場−鶴見駅間を単機で走るEF65 510。少し分かりづらいが、500番代P形は連結周りはスッキリした印象だ。高速性能にも優れたEF65寝台特急の運用にも充てられ、連日の長距離高速運転という花形仕業とは裏腹に機関車にとっては過酷なものだった。1000番代PF形にその任を譲ると、EF65本来の貨物列車の運用に就くようになったが、塗装は栄光の特急色を維持していた。写真の左側の高架は横須賀線で、小倉跨線橋付近での撮影である。右側はかつての操車場跡地で更地になっているが、現在はマンションや企業の研究施設などが建っている。(EF65 510[高機] 1987年頃 新鶴見(信)−鶴見 筆者撮影)

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前掲の写真と比較するとよく分かるが、500番代F形は連結器周りが非常に物々しい。元空気溜め引き通し管や電磁自動空気ブレーキのジャンパ栓、連結器も空気管付密自連で、自動復心装置も装備しているため、連結器上部はその収納部もあり、500番代P形と大きく異なる。加えて上越線での運用に備えて耐寒耐雪装備を追設し、前面窓上にはつらら切りも追加されたため、前面の印象はスマートな500番代P形と大きく変わり、厳つい表情になってしまった。そのことが、貨物用機としての過酷な運用に就いていた経歴を物語っているといえる。(EF65 520[高機]2011年6月 碓氷峠鉄道文化むら 筆者撮影)

 

 500番代F形は、外観は客車用の500番代P形と大きな変化はありませんでした。前面は非貫通、窓下には飾帯とそれに挟まれるように形式番号が切り文字で取り付けられました。前部標識灯も、上部に左右に振り分けられた2個のシールドビーム灯が取り付けられていました。側面デザインも共通で、上部に細い明り取りの窓が並ぶなど、まったくといっていいほど差異はなかったのです。

 しかし、10000系高速貨車は最高速度100km/hで走行するために、貨車としては多くの特殊な装備をもたされていました。台車はダイレクトマウント式の空気バネ台車TR203を装着、ブレーキ装置も応答速度を高めるために電磁自動ブレーキを採用していました。この特殊な装備をもつ貨車を、最大の能力を発揮して牽くためには、機関車の側もこれに対応した特殊な装備を追加しなければなりません。そこで、500番代に10000系高速貨車を牽くための装備を追加しました。

 そもそもEF65でも500番代P形を基本にしたのには理由がありました。そもそも500番代P形は20系客車を牽くことを前提とした区分で、そのための特殊な装備をもっていました。20系客車は10000系貨車と同じ電磁自動空気ブレーキを使用するため、これを制御するための電気回路が必要ですが、500番代P形にはその装備が備わっていました。

 また、ブレーキの応答性と能力を確保するため、編成増圧ブレーキ装置も装備していました。これもまた、20系客車を高速で牽くためには欠かすことのできない装備でしたが、10000系貨車にも同様に必須でした。

 さらに、枕ばねに空気ばねを用いる台車には、常に圧縮空気を送り込む必要があります。電車や気動車であれば、コンプレッサーを搭載しているので自給できますが、客車や貨車はそうした機器を装備していません。そのため、機関車から圧縮空気を送り込む必要があります。500番代P形にも、それに対応するため元空気溜管の引き通し配管を備えていました。10000系貨車も空気ばね台車を装着しているので、こうした装備を用いることができたのです。

 それならば、わざわざ貨物列車用にF形をつくり分ける必要がないのではないか、と考えることもできるでしょう。共通して使える装備も多くありましたが、実際には旅客用と貨物用という用途の違いは、大なり小なり異なるものがあるのです。

 重量のある貨物列車を連続で高速運転するので、500番代単機では出力が不足してしまいます。そのため、出力不足を補うために特急貨物列車では重連で運転するのは前にお話ししたとおりです。そのため、500番代P形に重連総括制御装置を追加しました。

 また、客車と貨車ではその運用方法はまったくといっていいほど異なります。特に20系客車は「固定編成」と呼ばれ、編成ごとに特定の列車に充てることを原則としているので、1両単位での解結をすることはありません。分割併合をする場合はべつですが、一度編成を組んだ以上は、その編成で固定されることになっていました。それが行われるときは、故障などで運転区所の検修部門や工場へ入場させる場合に限られるようにしていました。

一方、貨車は20系客車のような固定編成など組むことはなく、1両単位で解結する運用を原則としていました。これは、貨物の輸送量は常に増減するものであり、それに応じて貨車の増車や減車をしていました。また、客車と比べて重量物を常に載せる性質から、故障などの発生も多くなりがちです。不具合があれば、可能な限り早く編成から外して、最寄りの貨車区や工場へ入場させ、補修を済ませて早期に運用に戻します。客車の場合、特に20系客車は検修を受け持つ工場や客車区が指定されていますが、貨車はそうした受け持ちはないため、どこにいても最寄りの区所や工場に入ることになります。

 こうした貨車特有の運用から、日常的に増解結をすることが多く行われます。しかし10000系貨車は、通常の自動空気ブレーキ管のほか、電磁自動空気ブレーキ制御回路と編成増圧引き通し管、さらに空気ばねに圧縮空気を供給する元空気溜め引き通し管と、車両の間にはいくつものホース管とジャンパー連結器を繋いだり外したりしなければならないため、その作業をおこなう操車掛の負担は大きいものでした。

 そこで、これらの作業を簡略的に行えるように、連結器の周りにブレーキ管(BP)と元空気溜め引き通し管(MRP)などを備えた空気管付連結を装備しました。また、これらの空気管を確実に接続できるように、連結器は通常の並型自動連結器ではなく、密着自動連結器を装着しました。貨物用のF形が密着自連で、旅客用のP形が並型自連と、少々逆の装備をもつことになりましたが、これも10000系貨車の装備に合わせたものになったのでした。

 

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前面を下方から捉えたEF65 520の表情は、つらら切りの設置と相まって、非常に険しくそして厳つい印象だ。豪雪地帯の上越国境超えに挑むには、これだけの装備をもってしても不足だったようで、特に重連運転を常用するため機関士の移動には、貫通扉をもたないために困難かつ危険が伴ったという。(EF65 520[高機]2012年7月 碓氷峠鉄道文化むら 筆者撮影)

 

 また、連結器には自動復心装置も装備していました。通常、機関車の連結器は横方向への動きに対する動きを制限するバネが装備されています。横方向へ動いた場合、それをバネの力で中央に戻るようにしますが、縦方向についてはこうした装備がありません。しかし、10000系貨車との連結は、空気管付密着自連を使うため、空気管の引き通しが外れることがないようにする必要があります。そのため、横方向だけではなく縦方向に動いた場合も、速やかに所定の位置に戻す必要があります。そうでなければ空気管の接続は外れてしまい、列車は「ブレーキ管の破断」と勘違いされて非常ブレーキがかかってしまいます。そのため、空気管の接続を保つために、自動復心装置も装備したのでした。

 こうした数々の装備のおかげで、連結器を中心としたスカート部には、数多くの空気コックや重連総括制御や電磁自動空気ブレーキ回路のジャンパー連結栓、そしていかつい形になった空気管付密自連、その根元を覆う自動復心装置と、非常に物々しく厳つい格好になったのでした。

 

《次回へつづく》

 

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