旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

学校の児童生徒だけが乗る「専用列車」 思い出とともに走った修学旅行用電車たち【2】

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《前回からのつづき》

 

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■前代未聞の「修学旅行専用設計」155系の登場

 このように、修学旅行が学校行事としての位置づけが明確になったことで、学校関係者はもとより、修学旅行に参加する児童生徒をもつ保護者などからも、我が子がより安全で快適に、そして苦労なく旅行できる専用車両の製造を国鉄に要望するようになります。

 一方、国鉄もそうした車両の必要性は認識していました。老朽客車で運行されていた修学旅行列車は、運転速度も機関車牽引であるがゆえに遅いことや、客車の乗降用扉は今日のように自動ではなく、手動で走行中も自由に開閉できる構造だったため、乗車中の児童生徒が様々な原因で転落する事故が多発、あるいは運転停車中にホームへ降りてしまい、そのまま取り残されるということもありました。こうした事故は、列車の定時運行の妨げになり、ただでさえ輸送量の激増と線路容量の制約から、こうした事故が起きない車両で運行することは重要課題だったのです。

 1958年に80系電車で組成された専用列車を運行しました。80系は国鉄初の長距離列車用として開発された電車で、車内はクロスシートを主体に、デッキに隣接した区画にはロングシートが設置されていました。長距離準急列車で運用することと、普通列車でも運用することを前提としたため、トイレと洗面所は付随車のみに設けられたため、客車のように数は多くないため、長距離を停車することなく運行するには不向きな点がありましたが、乗降用扉は自動扉となったため、走行中はもちろん運転停車中も開かないため、転落や取り残しといった事故は一切起こりませんでした。

 

日本で初めて長距離列車用に設計された80系電車は、乗降用扉に自動扉を備えていたため、運転停車した駅で乗車中の生徒が置き去りにされたり、走行中に誤って転落することはなく、引率する教職員にとって負担が軽減され好評だった。(©栗原 岳 (Gaku Kurihara), CC BY-SA 4.0, 出展:ウィキメディア・コモンズ)

 

 このことは、列車を運行する国鉄にとっても、引率する教職員にとっても、そして乗車する児童生徒の保護者にとっても安全安心という大きなメリットをもたらしたため、長距離長時間の乗車でも難なく乗ることができる専用車両の要望はますます高まっていったのです。

 しかし、この時代は輸送力の増強を推し進めている時期であり、一般の列車に使用する車両の新製と老朽車両の置き換えが急務でした。そのため、車両新製の費用は増大する一方で、その資金の調達にも苦労していたところに、修学旅行のための専用車両を新製する資金を捻出できませんでした。

 そこで、国鉄の資金調達の方法の一つである、特別鉄道債券、別名「利用債」で資金を調達することにしました。この鉄道債券は、当時の三菱銀行(現在の三菱UFJ銀行)と日本交通公社(現在のJTB)が引き受けることで専用電車の開発製造の資金調達の目処が付き、新たな電車の開発が始まりました。

 こうして、多くの国鉄関係者と教育関係者の努力によって、修学旅行専用車両が登場することになります。特筆すべきは、車両の開発設計、資金の調達、そして製造などに携わった人々の多くが、自らも我が子が修学旅行に出かける保護者の立場にもある世代であったことで、児童生徒が安全で安心して、そして快適に一生の思い出をつくって欲しいという願いもあり、世界的にも前代未聞の専用車両を実現する源になったことでしょう。

 1959年に、修学旅行専用電車となる155系が登場しました。

 155系は限られた予算の中で、修学旅行専用としての設備と性能が求められました。性能の面では既に運用が始められていた153系と同一としたため、CS12主制御器とMT46主電動機を装備し、最高営業運転速度は110km/h、設計最高速度は130km/hと高速性能をもちました。ブレーキ装置も153系と共通で、電空併用電磁直通ブレーキを装備するなど、長距離高速運転を可能にしました。

 153系と同じ電気機器を装備することで、155系のために新たな機器を開発しないで済むことは、製造コストの削減に繋がります。それと同時に、検修にも大きなメリットをもたらし、補修用部品の共通化や量産効果によるコストの削減、検修に携わる職員の教育訓練のコスト軽減や作業の負担軽減など、多くの利点がありました。

 一方で、153系では乗り心地改善の面から、台車は通勤形電車用として開発製造されていたDT21の枕ばねをベローズ式空気ばねに換えたDT24・TR59を装着していました。しかし空気ばね式台車は製造コストが高く、同時に空気ばねに圧縮空気を送り込むための配管や元空気だめなど、空気配管が必要になるため全体としてもコストが高くなります。

 予算に限りのある155系では、台車は空気ばね式のDT24・TR59を装着せず、枕ばねに金属コイルばねを使った通勤形用のDT21・TR62が選択されました。これは、多少乗り心地が悪くなっても、コストの軽減を優先させたことと、153系のように定期運用をもつ車両ではなく、修学旅行という特殊な団体輸送に特化した臨時列車で運用されること、それ以外は波動用としての予備車となることから、割り切った選択がされたといえます。

 

準急用の新性能電車153系を基本に、修学旅行用の設備を備えた155系は、学校・国鉄関係者の多大な努力によって設計製造された。その運用も修学旅行を中心とし、オフシーズンの時には臨時列車に充てられるなどして活躍した。(©vvvf1025, CC BY-SA 3.0, 出典: Wikimedia Commons)

 

 屋根上の通風器も、153系では押し込み式でしたが、155系では初期製造車では通勤形電車と同じグローブ式が採用されました。グローブ式は構造が簡略であり、押し込み式と比べてコストが安価に抑えることが可能でした。しかし、グローブ式は構造が簡易である反面、雨水や雪が入り込みやすいこともあって、後に増備された車両は押し込み式に変更して登場しました。

 屋根の構造は、全体を低屋根構造とされました。基本となった153系と外観上で最も大きく異なる点で、後に波動輸送用に改造され、塗装も湘南色に変えられた際に識別するための大きな違いの一つになりました。

 これは、修学旅行列車として運転されないときは、波動輸送用として使用することを考慮していたためで、狭小トンネルを抱える線区でも運用できる構造としたためでした。日に登場する167系では、パンタグラフ部分のみを低屋根構造にされましたが、こちらは構造が複雑になり製造コストがかさむため、限られた予算で作らなければならない155系では、全体を低屋根にすることで軽減が図られたのです。

 

《次回へつづく》

 

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