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西武鉄道「サステナブル」車両の導入候補決まる 歴史を乗り越えた【7】

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《前回のつづきから》

 20m級大型車を運用する大手私鉄は、関東では東武鉄道小田急電鉄東急電鉄、そして相模鉄道があります。この中で、東武鉄道は8000系という抵抗制御車を運用していることから、車両譲渡を希望しても応えてもらえる可能性は皆無といっていいでしょう。相模鉄道もまた、余剰となる車両は皆無に等しく、時期さえ合えば7000系ということも考えられたかも知れませんが、直角カルダン駆動という特異な構造であるため、これもまた選択肢から外れることになります。

 そうなると、残るはかつての「宿敵」だった小田急電鉄東急電鉄です。

 両社は現在、新型車両の導入を積極的に進めています。小田急電鉄は地下鉄乗り入れ用の4000形に続き、普通鋼製の8000形とオールステンレス車で未更新かつワイドドアをもった1000形を置き換えるため、5000形(2代)の導入を進めています。置き換え対象となっている8000形は界磁チョッパ制御からVVVFインバータ制御への機器更新を済ませており、また、1000形は製造当初からVVVFインバータ制御を搭載していたので、西武が求める車両に合致してきます。しかし、1000形はワイドドアという特異な構造をもっているため、導入するにしてもリスクがあるといえます。そうなると、残るのは8000形ということになりまるが、普通鋼製であるため車体の塗装など運用コストはかかりますが、電装品が比較的新しいこともあって導入が決まったと考えることができます。

 一方の東急電鉄も、田園都市線で長らく活躍を続けていた界磁チョッパ制御の8500系を置き換えるために、新たに2020系の増備を2018年から始めていました。2020系は従来のステンレス車両の製造に用いられたスポット溶接から、レーザー溶接を使った軽量車体として、さらなる省エネルギー性を追求しています。

 この2020系は田園都市線だけでなく、大井町線の急行用として6020系を、目黒線の相鉄乗り入れに伴う運用増に対応するために3020系として増備が続けられました。このうち大井町線では、6020系のほかに急行用として6000系と、各停用として9000系と9020系が運用されていて、いずれもVVVFインバータ制御を採用した車両です。

 しかし、この中で9000系と9020系は、今では東急電鉄で最古参の車両となってしまいました。9000系は5両編成15本の75両が、9020系は5両編成3本の15両が在籍していますが、いずれも車齢は30年以上が経っています。

 

東横線で長らく活躍した9000系と、田園都市線の増備用として登場した2000系は、後継の車両の増備が進むと5両編成に短縮されて大井町線へ転用された。帯色も赤一色から黄色から朱色のグラデーションに張り替えられ、残存していた界磁チョッパ制御の8500系を置き換えた。2000系は転用改造とともに9020系に改番もされて、急行用の6000系、6020系とともに運用され続けている。(出典:写真AC)

 

 もっとも、東急電鉄の車両で車齢30年はまだまだ若い方だといえます。ついこの間引退していった8500系は40年以上、池上線と多摩川線で最後の活躍をした7700系は、改造前の7000系時代を含めると50年近くも運用していたことを考えると、まだまだ現役として活躍できると考えられます。

 とはいえ、東急電鉄保有する車両を見渡すと、9000系と9020系は少数形式といっても差し支えないといえます。8000系や8500系が主力だった時代、9000系もまた少数形式といえましたが、最新鋭のVVVFインバータ制御車であり界磁チョッパ制御車よりも経済性にも優れていたため、それは大きな問題にもならなかったといえます。

 ところが、5000系や2020系の増備によってすべての保有車両がVVVFインバータ制御車になると、新製以来、電装品の更新工事を受けていない9000系や2000系を5両化して改番した9020系は古いものになり、メンテナンスに掛かるコストが増えていくことが懸念されるようになったといえます。特にVVVFインバータ制御のように、半導体素子を使った制御装置は、コンピュータと同様に日進月歩の進化を遂げていて、9000系と9020系に採用されたGTOサイリスタ素子はもはや過去の技術であり、1990年代終わり頃から2010年代にかけて多用されたIGBT素子や、2020年代に主流になりつつあるSiC-MOSFET素子と比べると、交換用部品すら入手しづらく、入手できても特注品になって高価になることが用意に想像できるのです。

 もっとも、車体はオールステンレス製なので、耐用年数から考えればまだまだ現役で使い続けることも可能かもしれません。しかし、5000系列や2020系列が大多数を占めるようになった今日、少数勢力となった9000系と9020系を維持することはコスト面で芳しいものではないといえます。そうした観点から、車齢の老若に関わらず、早期に2020系列に置き換えるというのは合理的な経営判断ともいえるのです。

 このような状況の中、西武鉄道から9000系と9020系の譲渡の打診があったのであれば、東急電鉄としても維持コストが高騰していくことを承知で使い続ける理由はなくなり、ただ廃車解体して廃棄物にするよりも遥かにメリットが大きかったといえるでしょう。また、少数形式となった9000系と9020系を淘汰することで、2020系列に置き換えれば補修用部品も共通化でき、より効率的な経営に資するのです。

 

小田急8000形東急9000系とは異なり車体は普通鋼製だが、登場時の界磁チョッパ制御からVVVFインバータ制御への機器更新工事を受けて、現在も主役級の活躍をしている。8000系はそれまでの小田急伝統の「顔」から脱し、ブラックフェイスとガラスを多用した近代的なデザインになった。3000形や4000形が増備され5000形などが淘汰されたあとも、唯一の普通鋼製車となったあとも運用がつづいている。5000形の増備とともにその歴史に幕を閉じる日も近い。(出典:写真AC)

 

 東急電鉄から9000系と9020系が、小田急電鉄からは8000系が西武鉄道に譲渡されることが発表されるとともに、譲渡後は多摩川線や多摩湖線など、支線区で運用することも発表されました。

 これら西武鉄道の支線区では、新101系をはじめとした抵抗制御車などが今なお運用され続けています。そして、すべての支線は路線距離が10kmに満たず、輸送量も限られていることから、中古車として入ってくるこれらの車両の負担も比較的小さくなることが考えられます。

 さて、ここからは筆者の勝手な想像ですが、小田急電鉄からやってくる8000系は鋼製車なので、おそらくは西武鉄道のカラーに塗装されると考えています。ただ、西武鉄道の鋼製車は、前面にステンレスの飾りがついているので、これをつけないと黄色一色の、ちょっとしまりのない顔になってしまうのではないかと考えています。

 あとは、西武鉄道保有するプロ野球球団の埼玉西武ライオンズのカラーも考えられます。レジェンドブルーと名付けられた紺色は、意外に鉄道車両に似合うかもしれません。

 一方、東急電鉄から譲受する車両は、ステンレス車体なので現在の赤色の帯を張り替える程度で落ち着くかもしれません。黄色の帯はステンレスの地肌には派手かもしれませんが、レジェンドブルーならしっくりくるのでは、などと想像しています。

 いずれにしても、西武鉄道の会社事情と、経年車の処遇を考えていた東急電鉄小田急電鉄の事情が合致して、今回の異例ともいえる譲渡が決まったのです。とはいえ、かつては熾烈な覇権争いを繰り広げた会社同士の今回の譲渡、一部の報道では「度肝を抜かれた」と書かれていますが、まさにその言葉通り、かつての両社を知る人にとっては度肝を抜かれるほどの出来事になったといえるでしょう。しかし、それは時代が大きく変わっていることの表れであり、競い合って成長することから、協同し合って成長する今の時代を反映しているのかも知れません。

 

 今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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