《前回のつづきから》
■なぜ、九州は交流電化になったのか
鉄道の電化方式は、大きく分けて二つあることは皆さんもご存知のことと思います。一つは直流電化で、この方法は古くから行われています。直流電化では主電動機の構造が簡単な直流電動機を使うことができ、主制御器をはじめとした回路構成も簡単で、車両の製造コストが安いというメリットがあります。また、主制御器をはじめとして回路を構成する機器類も安価に抑えることができ、同時に速度制御に密接に関係する電圧・電流の制御も比較的簡単であることがいえるでしょう。電気的にも安定し、+からー方向へ一定して流れる性質から、取り扱いが簡単なことが挙げられます。
直流電化では車両の製造コストや簡便性などが高い反面、地上設備は複雑になりがちになるデメリットがあります。特に発電所から送電されてくる電流は交流であるため、これを受電した変電所では直流に変換させなければなりません。受電した変電所では変圧器を用いて電圧を降圧させ、次いで整流器を通して直流に変換させなければなりません。
黎明期には受電した交流電流をつかって交流電動機を回転させ、これに直結した直流発電機を回転させて直流電流を発生させる回転変流機や、大型の真空管に封入した水銀を電極に噴霧させてアーク放電の効果を使って整流する水銀整流器が使われていました。現在では、半導体技術が進歩したことにより、シリコンを使ったシリコン整流器などをつかって直流電流を発生させ供給しています。
しかし、こうした整流器などを回路上に挿入することは、電気的には「損失」と呼ばれる現象が起きます。これは、電源から電流を消費する負荷までの回路上で、何らかの機器が入ると、その部分で僅かながら電気を消費してしまいます。整流器が回路上にあるために、受電時には100%だった電流も整流器で損失が起きて90%程度にまで下がってしまうのです。
また、直流電流はあまり高圧にすることができません。高圧にすることで電流を送る力は強くなりますが、そうすると電気的に接続するための導線を太くしなければなりません。これは、常に一定方向(+からー方向)へ電流が流れるため、細い導線に高圧の電流を流すと導線自体が抵抗器と同じ働きをし、発熱して溶断、最悪の場合は溶断したところから火花などが発生して火災を起こす可能性が大きくなります。そのため、日本の直流電化では1500V以下に抑えられていますが、今度は電圧が低いために長距離の送電が難しくなってしまいます。その対策として、直流電化ではき電区分が細分化されていて、多くの変電所が必要になるのです。例えば、東海道本線の東京駅ー横浜駅の間だけでも、東京、芝浦、新橋、田町、大井町、蒲田、川崎、新子安、横浜の9箇所が設けられています。列車の運転本数にも左右されますが、これだけの変電所を設置し維持するのは非常にコストがかかるのです。
多くの変電所など地上設備が必要となる直流電化は、列車の運行頻度が多い首都圏や関西圏の通勤路線や、東海道本線や山陽本線といった幹線では費用対効果の面からも適した方式でした。また、古くから電化されていた地方私鉄では、車両の製造コストが安価であることや、国鉄→JRほど運行頻度は少ないため、変電設備も少なくて済むこと、交流電化が技術的に未発達だったことから採用された方式でした。
しかし、亜幹線と呼ばれる幹線ほど列車の運行頻度はないものの、国鉄が進めた動力近代化計画の中で非電化のまま気動車やディーゼル機へ移行するにはコストがかかり、電化することが適当であるとされた地方幹線では、直流電化は建設コストが嵩むため、これとは異なる方法で電化することにしたのです。
そこで開発されたのが交流電化でした。
交流電化は発電所から送電されてきた電流を、変電所で受電したら変圧器で適当な電圧に降下させると、そのまま電車線に供給することができます。整流器などといった機器が必要なく、建設コストも抑えられるとともに、余計な機器が回路上にないので損失がほとどありません。さらに、交流電化では在来線では20,000V、新幹線では25,000Vという高圧で供給することができ、電車線も直流電化のようにき電線が必要でなく、直接トロリ線に印加でき、電圧が高い分だけ距離が長くなっても安定的に供給できるため、変電所も少なくて済むので全体のコストも抑えられるメリットがあるのです。
日本の鉄道電化は直流1,500Vで進められてきたが、送電電圧が低く遠方への送電に不向きであることなどから、地上設備を多く必要にするため建設コストが高くなる。高頻度で運転される路線であれば、そのコストを吸収することも可能だが、地方幹線ではそれも難しい。そのため、商用電源をそのまま鉄道電化に使うことで電化工事にかかるコストを軽減させようと研究が続けられていた。九州島内の電化は交流20,000V60Hzで電化されることになり、本州への乗り入れが考慮されて交直流電車などが配置された。一方、電気機関車に関しては門司駅で付け替えるため、専ら九州島内で運用することから、交流電機が製造配置された。(出典:写真AC)
建設コストが安価な交流電化ですが、20,000Vの高圧電流をそのまま車両側は使うことができません。集電装置(パンタグラフ)から交流20,000Vを供給された車両は、変圧器で電圧を降下させ、整流器で直流電流に変換させなければなないのです。言い換えれば、交流電化では地上では直流への変換はしないものの、車両に直流への変換設備を搭載する「走る変電所」とならなければならず、当然、車両の製造コストも直流に比べて交流の方が機器類も多くなるため高価になるのがデメリットだったのです。
しかし、列車の運行頻度が少ない分、必要とされる車両数も少なくて済み、たとえ車両の製造コストが高くても、交流電化のほうが全体的にメリットが大きいと判断した国鉄は、東北本線や日本海縦貫線、そして九州島内の幹線を交流で電化することにしたのです。
こうして、九州島内は鹿児島本線を皮切りに電化工事を進めていきますが、門司駅構内のごく一部と、関門トンネルを経て下関駅を直流のままとした以外は交流電化が進められ、さらに日豊本線や長崎本線なども交流で電化され現在に至っているのです。
《次回へつづく》
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