旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 走る魔法瓶・生活を支えたLNG専用タンク車 タム9600【2】

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《前回のつづきから》

 

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 タム9600形は形式が示すように、積載重量が14トン〜16トンと、この種のタンク車としては軽量のものでした。というのも、全長は18,950mmで台車も二軸ボギー台車で、軸箱直結式インダイレクトコイルばね台車であるTR211を装着するなど、一見するとタキ級のタンク車そのものでした。この大きさで、積載重量がム級になるほど、LNGは比重が小さく、重量あたりの体積が大きいことがわかると思います。また、その車体の大きさから、タム級であるにも関わらず特殊標記符号である「オ」を追加した「オタム」となるなど、他のタム級タンク車と多くの面で異例なものでした。

 積荷であるLNGは常温では気体で、その沸点は非常に低い-160℃です。液体にすることによって輸送しやすく、そして気体よりも多く運ぶことができるため、タンク体は他のタンク車とは大きく異なり、LNG専用のものを搭載していました。-160℃という極低温を保つため、数々の断熱技術が用いられました。タンク体は二重構造とされ、外側タンク体と内側タンク体の間隙にはパーライトを断熱材として詰め込んだ上に、「魔法瓶」のように真空でいました。また、外側タンク体には断熱性をさらに保つために、上から3分の1を覆う遮熱板も設置され、外観の大きな特徴の一つでした。

 内側タンク体は-160℃以下という極低温の液体化したLNGを積み込むため、それに絶えられる材質である必要があります。同時に、極低温に耐えることができるとともに、その温度を保たなければなりません。そのため、内側タンク体はステンレス鋼が使われましたが、タム9800形の内側タンク体に使われていたのはオーステナイト系と呼ばれるステンレス鋼でした。このオーステナイト系ステンレス鋼は、耐食性に優れるとともに極低温環境でも脆くなりにくく、そして高温環境でも劣化しないという優れた性質をもっています。SUS304と呼ばれるオーステナイト系ステンレス鋼は、今日の鉄道車両の車体に多く使われていますが、タム9800型の内側タンク体に使われていたのはSUS27と呼ばれるものでした。

 また、LNGを液体にするためには、極低温環境であるとともに、圧力をかけなければなりません。タンク体にもその圧力に耐えうる構造でなくてはならず、最高圧力4kg/㎡まで加圧可能な構造としました。

 

タム9600形の形式図。タンク車の最大の特徴とも癒えるタンク体上部のドームがなく、非常にすっきりとした印象を与える外観だ。積荷となるLNG液化天然ガス)の性質上、液体にするためには極低温であると同時に加圧しなければならないなど、非常に手間のかかるものだった。そのため、荷役は車端部一方に設置された弁装置を使うため、このような特異な外観になった。(出典:私有貨車形式図1980年より)

 

 タム9800形の特徴は、この特殊な構造のタンク体だけに留まりません。通常、タンク車の荷役はタンク体上部に設けられたドームなどから積荷を積み込み、積み下ろしはタンク体下部の配管、または上部のドーム部などから吸い出す形で行われることが一般的です。しかし、タム9800形はタンク車の象徴(?)ともいえるタンク体上部のドームがなく、フラットな形状をしています。このドームのないタンク体もタム9800形の大きな特徴ですが、LNGの積み込み、積み下ろしもまた特殊な方法で行われていました。

 タム9800形のタンク体の端面、いわゆる鏡板面の片方には、荷役のための弁装置類が備えられていました。荷役時にはこの弁装置にホース類などを接続させ、極低温で加圧した状態を保ちながら、LNGの積み込み、積み下ろしをしていました。このような特殊な設備と荷役方式のため、タンク体を含めた自重は35.2トンにもなり、満載時のLNGよりも車両自重のほうが重いという、他のタンク車にはない重量の重さも特徴でした。

 また、極低温で加圧した状態ではじめて液体となるLNGを積載することや、差記載する貨物よりも車体自重が重いことなどから、連結時などにおいて車端部の衝撃を緩和させるために、連結部には大型のゴム緩衝器を設置するという重装備ぶりでした。加えて、台車も私有貨車では一般的なベッテンドルフ台車であるTR40系列ではなく、弓形側梁台車であるTR211系を装着していました。この台車は、弓形の鋼板溶接組み立ての側梁に、金属コイルばねをインダイレクトマウント式で装着したもので、当初はLPG専用タンク車用にTR95系として開発された台車です。後に、ホキ2200形などにも使われるようになり、タム9800形が装着するTR211系は、軸受をコロ軸受にして走行性能を向上させた台車でした。

 このように、タム9800形は積荷も特殊なら、車体構造も荷役設備も他に類を見ない特異なものでしたが、タンクローリーによる輸送では追いつかない需要に応えようと、大量輸送を可能にする貨車として期待されたことでしょう。

 

《次回へつづく》

 

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