旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

この1枚から 北の鉄路を守ったディーゼル機関車【1】

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 いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。

 ディーゼル機関車というと、今では貨物駅構内で貨車の入換作業に活躍する姿や、非電化区間で列車を牽く姿を思い起こすことがほとんどだと思います。かく言う筆者も、ディーゼル機関車と言われれば、福岡貨物ターミナル駅で添乗したDE10や、横浜羽沢駅構内で入換作業を行っていたDE11 2000番代の姿を思い起こします。

 電化・非電化問わずに活躍する場があるので重宝される存在ですが、それでも、活躍の場は徐々に少なくなるとともに、新世代の車両への置き換えも進められて、国鉄時代に製造された車両も残すところごく僅かになってしまいました。

 そのディーゼル機関車も、登場した当初は多くの期待を集めた存在でした。

 黎明期の国鉄ディーゼル機関車はとにかく非力で使い物にならず、蒸気機関車の代わりが務まるものかと眉唾だったといいます。DD11は気動車用のDML17を主機関に採用しましたが、そもそもが気動車用のエンジンだったために160PSという非力さから、在日米軍基地などにおける入換用と、用途をかなり限定せざるを得ませんでした。

 米軍が終戦とともに持ち込んだU.S.ARMY 8500は、アメリカ製の電気式ディーゼル機関車で、出力こそ190PSとエンジン出力はDD11をわずかに上回る程度でしたが、そもそもが軍用機で、兵士が取り扱うことが前提であったため、非常に扱いやすい機関車だったと言います。

 このどちらも、本格的な量産には至りませんでしたが、実用に漕ぎ着けたディーゼル機関車という点では、評価に値するものでしょう。しかし、国鉄としては、本格的な量産ができる国産機を欲していたので、粘り強く国内の車両メーカー共々開発を続けていたのでした。

 ようやく完成に漕ぎ着けたDD50は電気式ディーゼル機関車でしたが、完全な国産期にはなりえませんでした。エンジンはスイスのスルザー製でしたが、出力は1,050PSとDD12を遥かに超える強力機となりました。しかし、スルザー製のエンジンは工作精度が高いため、当時の日本の技術力では手に余るような代物で、これを導入した新三菱重工(現在の三菱重工)はもちろん、現場の国鉄も手を焼くものだったといいます。しかも機関出力自体は1,000PSを超えましたが、電気式であるがゆえに主電動機が130kwと低いため、単機で520kWはモハ53と同等の出力しか出せないため、結局は常時重連で使わざるを得ませんでした。

 電気式ディーゼル機関車は構造が容易である一方で、主電動機の出力に左右されることと、電装品を装備するためにその機器の分だけ車両重量がかさむ欠点があり、国鉄の本命は液体変速機を備えた液体式ディーゼル機関車でした。

 こうした試行錯誤の末、1958年に登場したのがDD13でした。

 

f:id:norichika583:20200428171658j:plain名古屋貨物ターミナル駅で入換仕業に就く、名古屋臨海鉄道ND552 15。国鉄地方自治体等が出資して設立された臨海鉄道には、数多くのDD13同形機が導入された。外観こそはDD13に酷似しているが、性能は別物という車両も存在する。写真のND552 15は国鉄で余剰廃車になった車両の払い下げを受けたもので、国鉄時代はDD13 306であった。機関出力500PSのDMF31SBを2基搭載した、111号機以降の改良形の一員で、300番代はさらに減速機歯車をDD51と同じものを装備した区分。除雪用機DD15は、この機関出力を強化した改良機をベースにした。

(ND552 15(元DD13 306)2015年8月1日 名古屋貨物ターミナル駅 筆者撮影)

 

 DD13は直立シリンダーをもつ直列6気筒のDMF31Sを装備しました。DMF31Sは、出力240PSとDD50と比べると低いものでしたが、液体変速機を介した動力伝達方式を採用したため、DD50よりも強力な性能をもつことに成功しました。さらに改良を加えて、1961年に製造された111号機では、出力を500PSにまで強化したDMF31SBを装備したことで、機関車出力は1,000PSに至りました。すべて国産の機器で製造することを実現した国鉄は、このDD13を大量に増備して残存する蒸気機関車の淘汰を進めることとしたのです。

 一方、国鉄の豪雪地帯では、排雪列車の運転が必須でした。線路上に積もった雪を除雪するためには、人力による作業では限界があるため、雪かき車を連結した列車を運転していたのです。しかしこれらの列車は、ラッセル車であるキ100を主力に、蒸気機関車による運転でした。ひどい場合は、キ100では太刀打ちできないので、キマロキ編成と呼ばれる蒸機+マックレー車ロータリー車+蒸機という特殊な組成をした排雪列車の運転をしなければなりません。

 しかし、これら貨車として分類される雪かき車は、その動力は全て蒸機による運転により、ロータリー車に至っては蒸気機関を搭載してその動力源としていたため、蒸機の淘汰を目指していた国鉄にとっては、こちらも動力を蒸気以外のものへ転換する必要があったのです。

 そこで目をつけたのは、初の本格的国産ディーゼル機関車であるDD13でした。DD13に除雪機能をもたせることで、排雪列車自体の近代化を目論んだのです。

 DD13にキ100を連結して運用する方法もありましたが、国鉄はそうはしませんでした。わざわざ老朽化しているキ100を使うのではなく、DD13自体に除雪装置を取り付け、冬場は除雪車として運用し、夏場は除雪装置を取り外してDD13と同様に運用する方法を考えました。

 こうして登場したのがDD13にラッセルヘッドを取付可能にしたDD15でした。

 

f:id:norichika583:20200428171646j:plain三笠鉄道記念館で静態保存されているDD15 17。露店展示ではあるが、定期的に整備を受けているため、非常に美しい姿を維持している。ラッセルヘッドを装着した冬季の姿を再現しているが、登場時はディーゼル機関車の絶対数が少なかったため、カキはこのラッセルヘッドを取り外して、DD13とほぼ同じ運用に就くことができるようにしていた。しかし、ラッセルヘッドの取り付け・取り外しは非常に手間がかかるもので、DE10などディーゼル機関車が充足してくると、夏季もラッセルヘッドを取り外すことなく構内で留置されるようになり、出番は冬季だけとなっていった。そのため、走行距離は伸びることがなかったことと、休車ではなくあくまで夏季には使用しないということだったので、整備を受けていたことから状態は維持されていたため、長期に渡って運用され続けた。
(DD15 17 三笠鉄道記念館 2016年7月27日 筆者撮影)
 

《次回へつづく》

 

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