旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

悲運の貨車~経済を支える物流に挑んだ挑戦車たち~ 超低床のパイオニア・コキ70【後編】

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◆超低床の魁は輝くことなく消えていった・コキ70【後編】

〈前回からの続き〉

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 コンテナの容積が増えれば、それだけ積むことのできる貨物も多くなり、中には寸法の関係でコンテナに載せることのできなかった貨物も、コンテナの大型化によって載せることができるようになります。そうすれば、当然ですが利用者のニーズに応えることができ、ユーザーも増えるというものです。

 しかし、コンテナの容積が増えるということは、コンテナ自体の寸法も大きくなることを意味しています。寸法の拡大したコンテナを載せるためには、当然ですが車両側もそれに対応していなければなりません。コンテナ自体の長さはすでに規格として12ft、20ft、30ftと決められているのでここからはみ出すわけにはいきません。奥行きについても車両限界があるので、ここからはみ出すことはできません。中には特例的に「規格外」として基準を超える寸法のコンテナもありますが、これはあくまでも特例的な措置であり、その許容値もごくごく僅かなものです。そうなると、高さ方向に拡大するのですが、こちらも車両限界という壁が立ちはだかり、やはり奥行き同様に好きなだけ大きくできるのではないのです。

 これをコンテナを載せる車両側で対応すればどうでしょう。

 コキ100系のように従来車よりも低くすれば、容積を拡大したコンテナを載せることができます。従来は19㎥が限界だったのが、20Dなどといった20㎥の容積をもつコンテナを恒常的に載せることが可能になるのです。

 しかし、国鉄時代からあるコンテナを鉄道で運ぼうと、試行錯誤していた歴史がありました。

 そのコンテナとは、ISO規格の海上コンテナです。

 ISO規格の海上コンテナは、世界各国で使われているコンテナで、港で陸揚げされたコンテナのほとんど全てはトレーラーに載せられて陸上を移動しています。そのISO規格の海上コンテナを鉄道で運べれば、国鉄JR貨物としてもさらなる増収が見込めます。

 ところが、ISO規格コンテナと、国鉄規格→JR規格のコンテナとではまるで違いました。まさに「似て非なるもの」という言葉がピッタリで、長さについては同じでしたが、幅や高さについてはまるで違っていました。また、コンテナを固定する緊締装置も異なるもの(特に12ftでは)だったのです。

 

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埠頭で留置されているISO規格20ft背高コンテナ。この高さのコンテナを通常のコキ車に積むと、車両限界を優に超えてしまう。(©Gazouya-japan, CC BY-SA 4.0, ウィキメディア・コモンズより引用)

 

 また、国鉄規格のコンテナは高さがC20で2,350mm、JRに移行した後に拡大されても20Dで2,600mmがいっぱいです。ところが、ISO規格コンテナは標準のもので2,591mm、背高コンテナでは2,896mmもあるので、コキ100系でも標準サイズのコンテナしか積むことができません。できれば、背高コンテナにも対応すればそれだけ需要を取り込めることが想像できますが、背高コンテナをコキ100系に積むと、その高さはレール面から3,896mmとなり車両限界ギリギリの高さになります。ただし、車両限界は最大高さの部分から両側に円弧を描くように設定されているため、コンテナのように四角い物であれば、車両の雨樋に当たる部分である3,150mmとなり、背高コンテナを積むとその限界から優に超えてしまうのです。

 そこで考えられたのが、コキ100系よりも更に低い床面をもつコンテナ車でした。床面高さが1,000mmのコキ100よりもさらに低くすることで、背高コンテナを積むことができることを目的に開発されたのです。

 このコンセプトに合うコンテナ車として開発されたのがコキ70だったのです。

 

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川崎貨物駅に留置されていたコキ70ー901。後ろに写るワム80000とくらべても、その床の低さがわかる。(Wikipediaより引用)

 

 コキ70は1991年に川崎重工で2両の試作車が製造されました。床面高さはレール面から709mmとコキ100系よりも291mmも低くなりました。この高さであれば、背高コンテナを載せてもコキ100よりも低く抑えることができます。とはいっても、レール面から3,605mmと車両限界からこれであれば、ISO規格の背高コンテナを積むことができます。実際にはレール面から3,650mmの高さになるので、規格外扱いとなり運用区間が特定されるなどの制約を受ける可能性がありますが、海上コンテナ自体が特殊な貨物になるので、さほど問題にならないと考えられるでしょう。

 コキ70が成功すれば、国鉄時代からの「悲願」ともいえる鉄道による海上コンテナ輸送が実現し、それまでトラックの独壇場ともいえた市場に入り込む余地が生まれるかも知れませんでした。

 しかし、コキ70にはいくつかの問題がありました。

 ISO規格コンテナは長さが20ftと40ftが標準でした。20ftについてはすでに鉄道用コンテナでも数多く製造され、実際にコンテナ車にも載せて輸送している実績があったのでさほど問題にはなりませんでした。しかし、もう一つの標準的な長さである40ftのロングコンテナは輸送した経験がありません。そもそも、鉄道用コンテナは最も長いものでも30ftで、コキ100系に載せると2個積みが限界でした。それでも、30ftコンテナを2個乗せれば、コキ100系の車体長には収まるので輸送効率が下がるということはありませんでした。ところが、40ftコンテナを1個積むと他にコンテナを載せることができず、車体長いっぱいにはならないので無駄に空いた場所ができてしまうのです。これでは輸送効率は下がるので、できれば避けたいところではあります。

 これには、40ftは1個積みに限定することで割り切りました。

 もう一つの問題は、超低床を実現させるために、台車がかなり特殊なものとなったことです。具体的には、一般的なコキ車は810mmですが、コキ70は超低床を実現するために台車そのものの高さを低く抑える必要があったため、車輪の直径も610mmという小径車輪を装着したFT11を装備していました。問題はこの小径車輪で、同じ速度で走行しようとすると、一般的なコキ車と比べて車輪の回転数が異常に上がるということだったのです。

 この小径車輪では、標準径の車輪と同じ速度で走ると、その回転数は標準形に比べてかなりの回転数が上がります。言い換えれば、自動車のギアをローギアで高速走行をしようとすると、エンジンの回転数が上がってしまうことと同じことが、このFT11では起きていました。こうなると、回転が早いぶんだけ車軸部分はかなりの摩擦熱を帯びてしまい、最悪の場合は車軸が焼き付きを起こして破損してしまいかねなかったのです。

 さらに、コキ70には先天的な不利を抱えていました。鉄道用の標準的なコンテナを載せることは考慮せず、あくまでISOコンテナを、しかも背高コンテナに対応することに開発されたため、その運用も限定的なものにせざるを得なくなります。しかし、こうした運用では、その管理にも労力と時間などといったコストもかかるてしまいます。着駅でコンテナを降ろした貨車は、最悪の場合、空積みのまま発駅へと空返回送となりかねず、ただでさえコンテナ車が不足しているのに、コンテナを積むことなく空返で改装するのはもったいない話です。

 そこで、このコキ70にはISOコンテナを載せるとともに、空返回送のときには自動車をそのまま積むことができるピギーバック対応にしようとしたのでした。

 確かに空返回送はもったいない話なので、誰かに利用してもらいたいのが本音ろいえるでしょう。そこで、コンテナを載せないときには自動車をそのまま載せて運ぶ役割をコキ70に与えたのでした。

 車を載せるピギーバックとしての運用では、大型トラック1台を積むことを想定していました。すでに営業運転がされていたピギーバックは4tトラック2台を積むことができました*1が、コキ70では4tよりも大型になるトラックの積載を想定していたのか、1台だけ積載できる構造になったのでした。

 このように、コンテナ、それもISO規格の背高コンテナを積むことができ、大型トラックなら1台をピギーバック輸送できる、いわば「万能コンテナ車」として開発されたコキ70だったのですが、実際に試用してみるとあまり芳しい成果は上がることはありませんでした。

 それは、1990年代半ばにさしかかると、景気の後退によって物流が逼迫していた状態は解消され、トラックのドライバー不足も解消されてきました。また、貨物輸送量も減りつつあることなどで、海上コンテナ輸送の需要そのものも減少していったのでした。トラックドライバーの不足が解消されてくると、もう一つの機能でもあったピギーバック輸送の需要も減ってきます。ただでさえ、ピギーバック輸送は他のコンテナ列車とは異なり、貨車に載せられるトラック自体も貨物運賃の計算対象になっていたので、わざわざ高い運賃を支払ってまで鉄道で運ぶメリットが失われたのでした。

 また、コンテナを積むことができ、トラックも積むことができるという、一見すると「マルチに活躍できる」という構造が災いしたのでした。こうした中途半端な構造は、需要があり利用実績が上がっているのであればさほど問題視されなかったでしょう。しかし現実には、物流の減少によって貨物輸送量も低下した上に、輸送効率の面でも劣るコキ70は、輸送の現場にとってはあまりにも使いづらい貨車になっていたのでした。

 結局、1991年に試作車である901号と902号が造られ、主に東海道本線などで営業運用はされましたが、小径車輪に由来する車軸の異常摩耗と発熱や、40ftコンテナ積載時に1個積みに限定されることなど、多くの問題を解決されることもなく量産への移行することもなく運用から外されていき、長期に渡って川崎車両所で留置され、2003年に廃車になり形式消滅してしまいました。

 筆者も鉄道マン時代にコキ70のことは話題にはなりましたが、あまりにも使いづらく、そして構造的にも中途半端な貨車であり、しかも小径車輪の課題を解決することができずにいることは、発想はよくても現実としては何とも難しいものだということをよく耳にしました。それ故、小径車輪の問題を解決すると、社長賞ものだとか特許が申請できるとか言われてはいましたが、果たして実際はどうだったのか真相はわからずじまいでした。

 

 

 今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

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*1:クム80000、クム1000系