旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

気動車

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜番外編 ローカル線荷物輸送近代化を担うも短命で終わった荷物気動車【6】

キニ58形は常磐線で単独運用された荷物気動車で、新聞輸送などを担いましたが、1984年以降の郵便・荷物輸送縮小により役目を失いました。1986年のダイヤ改正で制度自体が廃止され、改造からわずか数年で廃車となる悲運の車両となりました。

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜番外編 ローカル線荷物輸送近代化を担うも短命で終わった荷物気動車【5】

キニ28形・キユニ28形は国鉄が最後に製作した郵便・荷物気動車で、新聞輸送などに活躍しました。急行「土佐」や「紀州」などに併結されましたが、宅配便の台頭や急行列車の削減により運用機会が減少し、短期間で役目を終えることになりました。

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜番外編 ローカル線荷物輸送近代化を担うも短命で終わった荷物気動車【3】

キニ28形・キユニ28形は、老朽化した荷物気動車の代替として1977年に登場しました。キロ28形を種車に新製車体を載せ、高運転台や広い乗務員室を採用するなど、安全性と作業効率を向上させました。郵便室や荷物室の構造にも工夫が施されました。

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜番外編 ローカル線荷物輸送近代化を担うも短命で終わった荷物気動車【4】

キニ58形は、老朽化したキニ55形の代替として1978年に登場した2エンジン搭載の荷物気動車です。キロ58形を種車に改造され、常磐線のような勾配や電化方式の異なる区間でも安定した運用が可能でした。構造はキニ28形と共通で、非冷房仕様でした。

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜番外編 ローカル線荷物輸送近代化を担うも短命で終わった荷物気動車【2】

1977年、老朽化した郵便・荷物気動車を置き換えるため、キニ28形・キユニ28形が登場しました。急行形グリーン車キロ28形を種車に改造し、新製車体を採用することで効率的な荷物積卸や乗務員環境の改善を図りました。構造や設備にも工夫が施されました。

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜番外編 ローカル線荷物輸送近代化を担うも短命で終わった荷物気動車【1】

宅配便が普及する以前は、郵便小包や鉄道小荷物が主な輸送手段でした。郵便は梱包が煩雑で重量制限があり、鉄道は駅への持ち込みと受け取りが必要でした。国鉄は郵便・荷物合造車や専用車両で全国輸送を担い、老朽化に伴いキニ28形などの改造車が登場しまし…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【10】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1986年に製造されたキハ54形は、JR北海道とJR四国にとって貴重な戦力として走り続けています。新製以来、すでに39年という長い年月が経っていますが、軽量ステンレス車体は冬季の厳しい気候や、海沿いを走…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【9】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 2003年になると、主要機器の更新工事が施工されました。もともとキハ54形は車体やエンジンを除いて、多くの機器を廃車となった車両から発生したものを再利用していました。国鉄末期にすでに破綻した状態の…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【8】

《前回からのつづき》 北海道向けに製造された500番台は、四国の配置された0番代と異なりました。0番代が松山運転所に集中配置されたのに対し、500番台は旭川、苗穂、函館、釧路の4つの区所に分散配置されたのです。これは、北海道が四国と比べて広大であり…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【7】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1986年から1987年、すなわち国鉄の最末期に、キハ54形は0番台12両と500番台29両、合計で41両が製造されました。JR北海道とJR四国が国鉄から継承した気動車の数からすると、かなりの小所帯(キハ40系:JR北…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 北海道で使うことを前提とした極寒地仕様の500番台は、暖地仕様の0番台とは大幅に設計が異なりました。なにより、冬の北海道は気象条件が非常に厳しく、気温は0度以下になることも多々あり、そして何より…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 0番台には冷房装置も設置されました。従来、国鉄の気動車は急行形や特急形といった優等列車に使う車両に装備され、ローカル運用が主体の一般形や通勤形には設置されませんでした。しかし、私鉄の多くが一…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 車体も従来の国鉄形気動車とは一線を画する新機軸が導入されます。 キハ54形が開発された1986年には、国鉄もオールステンレス車の導入を本格的に進めていました。従来、オールステンレス車は東急車輛が親…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info キハ54形を製造するにあたって、コストを可能な限り抑えることが重要視されたといえます。10年前の1970年代であれば、「必要だから」という理由で鉄道債券を発行し、借金をしてでも目的に合わせた車両を設…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 地方のローカル線の多くは、沿線の人口が少ない過疎地域であり、そこに走る鉄道は輸送量が低いため、設備投資の大きい電化工事がされることなく、非電化の路線が数多くあります。特に北海道や四国、九州で…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 かつて、日本の全国津々浦々で陸上交通を支えてきた日本国有鉄道、国鉄が分割民営化されてから35年以上が経ち、2年後の2027年には早くも40年が経とうとしています。民営化後に設立された旅客会…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 進駐軍のゴリ押しでつくらされた大型冷蔵車・レキ1形【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 国鉄の杞憂も他所に、一気に250両という数が製造されたレキ1形ですが、登場後、早くも持て余されるようになりました。最大の難点はやはりその大きさで、冷蔵車を利用する荷主のニーズ、すなわち輸送単位に…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 進駐軍のゴリ押しでつくらされた大型冷蔵車・レキ1形【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 国鉄が「日本の実態に合わない」と反対しながらも、GHQは大型冷蔵車製造の方針を変えることはありませんでした。それどころか、当時の国鉄は新型車の開発製造はもとより、ダイヤ編成などといった事業全般…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 進駐軍のゴリ押しでつくらされた大型冷蔵車・レキ1形【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 膨大な数の連合国軍将兵が日本に進駐し、それまで旧軍の基地や施設などは連合国軍に接収されていきます。中には民間の施設すらも接収の対象になり、最も有名なのは東京都千代田区の皇居前にある第一生命ビ…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 貨車か気動車か、気動車か貨車か 有蓋車にエンジンをつけた気動貨車・キワ90形【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 製造から10年も経っていない1960年代後半頃になると、キワ90形は半ば余剰車のような扱いをされてしまいました。1969年には2両つくられたキワ90形のうち、キワ90 2が郡山工場へ送られて事業用車への改造を…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 貨車か気動車か、気動車か貨車か 有蓋車にエンジンをつけた気動貨車・キワ90形【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1960年に2両が製造されたキワ90形は、宮崎機関区に新製配置されてさっそく試験運用に供されました。実験の対象になったのは妻線で、日豊本線の佐土原駅から別れ、杉安駅までの19.3kmのローカル線でした。 …

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 貨車か気動車か、気動車か貨車か 有蓋車にエンジンをつけた気動貨車・キワ90形【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info キワ90形は形式名が示すように、気動車として分類された有蓋車でした。つまり、郵便・荷物輸送を担う郵便車や荷物車、そして事業用車を除いて、旅客を乗せないで貨物を載せる気動車でした。 車体は連結面…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 貨車か気動車か、気動車か貨車か 有蓋車にエンジンをつけた気動貨車・キワ90形【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 第二次世界大戦が終戦した後、国鉄は輸送量が大幅に増加していることに苦慮していました。当時の動力車の主役だった蒸機は石炭を燃料にしていましたが、戦後の混乱で燃料事情は悪化しつつあり、特に国内で…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 貨車か気動車か、気動車か貨車か 有蓋車にエンジンをつけた気動貨車・キワ90形【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 鉄道が陸上交通の主役であった時代、国鉄はもちろんのこと、多くの私鉄でも貨物輸送が行われていました。例えば北関東に広大な路線網をもつ東武鉄道は、栃木県南部の佐野市にある葛生駅から多く…

爆音を轟かせて走り抜けた強力気動車 国鉄キハ66系【8】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 新製配置以来、長らく直方区に所属して筑豊本線と篠栗線を中心に、筑豊・北九州地区の輸送を支え続けてきましたが、筑豊本線の一部と篠栗線が電化されることになり、2001年のダイヤ改正をもって30年弱も走…

爆音を轟かせて走り抜けた強力気動車 国鉄キハ66系【7】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1974年に新製されたキハ66系は、直方気動車区(現在の筑豊篠栗鉄道事業部直方車両センター)に配置され、主に筑豊本線と篠栗線での運用に充てられました。一般形気動車としては破格の設備を誇っていたこと…

爆音を轟かせて走り抜けた強力気動車 国鉄キハ66系【6】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 前面はキハ65形や一般形のキハ40系(2代)とほぼ同じデザインとして、前面窓は側面に回り込んだパノラミックウィンドウを採用、中央には貫通扉を備えた貫通構造とされました。 気動車は1両単位で運用する…

爆音を轟かせて走り抜けた強力気動車 国鉄キハ66系【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info キハ66系いはいくつかの大きな特徴があります。その一つが、大出力を誇るDML30系に゙改良を加えたDML30HSHを装備したことです。このエンジンは、出力が440PSとキハ65形が装備するDML30HSDなどよりも若干出…

爆音を轟かせて走り抜けた強力気動車 国鉄キハ66系【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1964年に開発されたDML30系エンジンは、気動車に搭載することを前提にした横置き型で、V型12気筒、排気量30リットルというものでした。出力は400PSから最大で600PSを出すことができる強力なエンジンで、高…

爆音を轟かせて走り抜けた強力気動車 国鉄キハ66系【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info DMH17系エンジンと液体変速機を組み合わせた国鉄の気動車は、1950年代後半から続々と量産され、全国の非電化路線で普通列車から準急や急行、さらには特急として都市間輸送までも担うようになりました。 そ…