《前回からのつづき》
「クリーンかわさき号」の運行によって、川崎市は焼却灰輸送用のトラックを削減するとともに、排出される二酸化炭素の削減を実現しました。同時に合理化によるコストの削減なども推し進め、今となっては欠かすことのできない存在にまでなっています。
このような取り組みは、他の自治体からも注目されて入るものの、同様のことを実現できるかといえば、ほとんど難しいといってもいいでしょう。これは、川崎市の立地と市内を通る鉄道網が、たまたま鉄道輸送を実現させるための条件が揃っていたためでした。
既に述べたように、川崎市は南北に長い市域を有し、市内を縦断する鉄道は旅客線である南武線と、貨物線である武蔵野南線が通るのみです。このうち武蔵野南線には梶ヶ谷貨物ターミナル駅が設置され、市内はもちろん近隣の横浜市北部や東京多摩地区の物流を支える拠点でもあります。そして、南部には東海道貨物線の川崎貨物駅や、そこから臨海部に延びる神奈川臨海鉄道があり、鉄道輸送をする条件が揃っていたのです。
さらに、新鶴見信号場と尻手駅を結ぶ短絡線以外は、すべて川崎市内を通るということも、廃棄物の鉄道輸送に実現をあと押したことになります。他市で排出された生活廃棄物が、関係ない自治体を走るとなっては、住民感情の面からも嫌がられるのは想像に難くありません。

このような鉄道を利用しやすい条件が揃っていたことが、川崎市が生活廃棄物を鉄道輸送するという、鉄道史上初となる廃棄物輸送を実現させ、その後、いわゆる静脈物流という新たな分野を確立しました。
「クリーンかわさき号」の運行を契機として、鉄道による静脈物流は徐々に広がっていきます。大規模な再開発事業で発生する残土輸送も、無蓋コンテナを使って行われるようになりました。さいたま新都心の再開発工事では、専用の無蓋コンテナを用意し、さらには原則として私有が認められていないコンテナ車についても、専用の車両としてコキ104形5000番台がつくられ運用されました。このコキ104形5000番台は、残土輸送が終了したあとはJR貨物に譲渡することを条件としたことで、一時的にせよ私有貨車としての保有が認められた稀な例だといえます。
このほかにも、産業廃棄物なども貨物列車によって輸送される例が出てくるなど、静脈物流における鉄道の存在が認められるようになりました。そのため、JR貨物は産業廃棄物を取り扱うために、貨物駅のおける産業廃棄物取扱許可と特別産業廃棄物取扱許可を取得し、静脈物流に対応するようになりました。
最近では、リニア中央新幹線の建設で発生する残土も、一部は貨物列車で輸送しています。「クリーンかわさき号」と同じ梶ヶ谷貨物ターミナル駅構内に工事ヤードを設け、ここから掘り出された残土を貨車に載せて、ほぼ同じルートを辿って鶴見線扇町駅へと運んでいます。扇町駅からは、一部が東京湾を渡って千葉県内にある採石場に運ばれたり、隣接する東扇島や本牧ふ頭の埋め立て事業に使われているようです。
これらの輸送も、「クリーンかわさき号」の廃棄物輸送のノウハウがあったからこそ可能になったことであり、その意味でもこの列車の運行は大きなことだったといえます。
「クリーンかわさき号」のノウハウは、時として災害時にも大きな力を発揮することになりました。
その端緒を開いたのは、1995年1月17日に神戸市や淡路島を中心に大きな被害をもたらした、阪神・淡路大震災でした。この大地震によって、兵庫県の大都市である神戸市では多くの建築物が倒壊するなどして壊滅的な打撃を与えました。そして、大量の瓦礫などの災害廃棄物が発生し、その処理が大きな問題になりました。
川崎市はその災害廃棄物を受け入れるとともに、これを処理することにしました。「クリーンかわさき号」の運行開始がこの年の10月から始められたことから、まだ廃棄物の鉄道輸送が本格的に始まっていない時期で、あくまでも推測ですが「クリーンかわさき号」の運行を前に用意していた専用のコンテナを被災地に差し向け、これを貨物列車で輸送して受け入れ・処理をしたと考えられます。
2004年10月23日に、新潟県中越地方を震源として発生した新潟県中越地震では、最大震度7を記録し大きな被害をもたらしました。上越新幹線浦佐ー長岡間を走行していた「とき325号」がこの地震により脱線、この運用に就いていた200系K25編成が擱座した姿を記憶にある方も多いでしょう。
この地震では多くの家屋などが全壊、あるいは半壊などして、多くの災害廃棄物が出ました。これらの廃棄物は通常であれば地元の自治体などが処理をするのですが、被災地となった自治体でそれをすることは不可能でした。処理施設そのものが被災し、稼働させることができないからです。とはいえ、これを処理しなければ長時間、災害廃棄物が滞留することになり、復興の妨げになるのは明白でした。
そこで、生活廃棄物の鉄道輸送のノウハウをもつ川崎市が、自らが保有する廃棄物専用のコンテナを被災地に差し向け、大量の災害廃棄物を引き受けることにしたのです。鉄道の貨物輸送の最大の利点は、一度に大量の貨物を長距離に渡って輸送することです。普段はたった30分、約23kmしか運行されていない廃棄物輸送の列車を、新潟から川崎まで運び、引き受けた災害廃棄物を処理したのでした。
このような災害時にもっとも処分に困る廃棄物を、全国広しといえども大量に引き受け、鉄道を使って効率よく輸送して処理場で処分することができる自治体は、川崎市が唯一と言っても過言ではないでしょう。
《次回へつづく》
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