旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【4】

広告

《前回からのつづき》

 

 キハ82系の登場により、それまで特急列車が設定されてなかった地方亜幹線にも進出し、非電化区間のスタートもいえる存在になりました。しかし、キハ82系が搭載したDMH17系エンジンの非力さは当初から課題となっていたため、運用できる線区は比較的平坦であることが望ましく、勾配区間、特にそれが厳しいところでは出力不足に悩まされていました。

 国鉄は高出力エンジンの開発を続け、機関1基あたりの出力が500PSを可能にしたDML30HS系エンジンを搭載したキハ181系が登場すると、一部はこれに置き換えられていきました。また、電化区間も年を追うごとに伸びていき、特に地方幹線は交流電化による電化が進められると、キハ82系が担っていた特急列車は485系など特急用電車に置き換えられました。そして、キハ181系485系の配置により捻出されたキハ82系は、さらに特急列車網を広げるために活用されました。

 北海道は青函連絡船を介して、本州からの乗客を道内各地へ輸送するため、多くの優等列車を運行していました。しかし、その多くは急行列車であり、蒸機牽引の客車列車だったため、無煙化の推進も遅れていました。これは、北海道は土地が広大であることや、人口密度が低く煤煙による沿線からの苦情が少なかったこと、そしてそもそも本州と比べて列車の運行速度が低かったためと考えられます。

 しかし、函館から道内各地に向かう列車の運転速度が低いと、本州から青函連絡船に乗って乗り継いだ乗客は、さらに多くの時間を列車の中で過ごさなければならず、中には1日半以上もかかるケースもあったといいます。そして、国鉄は特急列車網を地方に拡充する施策は続けられ、1972年になると本州で捻出されたキハ82系が札幌運転所に配置となり、道内の優等列車気動車の時代に入ったのでした。

 北海道にキハ82系が配置されたことで、道内の旅客輸送は大きく変化していくことが期待されました。本州では蒸機牽引の列車と比べて到達時間を大幅に短くした実績があるため、関係者の期待は大きかったと言えるでしょう。しかし、北海道に渡ったキハ82系を待ち構えていたのは、長距離・長時間を走り続ける運用だけでなく、冬季の過酷な気象環境でした。

 そもそもキハ82系は本州以南で運用することを前提とした設計でした。どんなに北に行ったとしても東北地方、それも青森までだったので、冬季は雪が降り積もるといっても北海道よりはましな方でした。そのため、寒冷地向けの装備はもっていても、東北地方の気候を前提としたものだったのです。

 

もともと温暖な本州での運用を想定して開発されたキハ80系だったが、気動車による特急網の拡大は北海道にも及んでいった。特に中央西線の「しなの」や奥羽本線の「つばさ」が電車化されると、余剰となったキハ80系は北海道の特急網整備に充てられ、津軽海峡を渡っていった。しかし、冬季は本州よりもさらに気温が低く、降り積もる雪は湿り気を帯びていない粉雪であるなど、過酷な気象環境の中での運用は、キハ80系にとっても厳しいものがあったといえる。それでも、函館を起点に北海道内各地に向かう多くの人々を輸送する重要な役割を担い走り続けるが、その影には検修を任された車両技術者たちのたゆまぬ努力があってのことだった。(©spaceaero2, CC BY-SA 3.0, ウィキメディア・コモンズ経由で)

 

 ところが、津軽海峡を隔てた北海道は勝手が違いました。冬季の気温は氷点下になることは当たり前、場所によっては-20℃以下になることもあります。これほどまで厳しい寒さでは、本州の寒冷地仕様の断熱では追いつかず、暖房を使ったところでその効果は限られてしまいます。また、エンジンなどの走行機器も、あまりに冷えすぎると本来の性能を発揮することを難しくしてしまうでしょう。

 そして、降り積もる雪は本州のそれと比べて湿り気が少ないサラサラとした粉雪です。高速で列車が走るとその雪は舞い上げられて、車両の様々なところにこびりつくだけでなく、僅かな隙間から入り込んできては機器類の故障を招くことにつながります。また、付着したり侵入した雪は、そのまま凍結することもあり、その結果として車体の至るところで腐食を多発させてしまいました。

 北海道転入に際してそれなりに対応した改造工事を施していましたが、できる場所も限られていたため、本格的な酷寒地仕様とまではならなかったため、特に冬季は検査や修繕の時間を捻出するために、計画的に減車をするなど運用担当者はもちろん、検査と修繕を担当する検修担当者の絶えぬ努力が続けられたのでした。

 このように、本来は北海道のように冬季の気象環境が厳しい中での運用を想定していなかったキハ82系でしたが、これに代わる適当な車両もなかったことから、様々な努力がなされながらも、北海道内の気動車特急としての運用が続けられたのでした。

 

《次回へつづく》

 

あわせてお読みいただきたい

 

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info