2026-01-01から1年間の記事一覧
筆者が鉄道マン時代に管理していた資材の中でも、特に印象深かったのが高圧水銀灯や黒ペンキ、そして高価で大型なNS形電気転轍器。ある台風後、新鶴見機関区で転轍器が水没し、緊急出動で予備品と交換。迅速な対応で2時間後に復旧したが、翌日には払い出しと…
筆者は鉄道マン時代、電気区で信号保安設備や電力設備の保全に従事し、後に資材担当として信号機器や照明などの資材管理を任された。資材の在庫数や単価を把握し、迅速な修繕対応と在庫切れ防止に努めた。現場作業と財務管理の両面を担い、安全輸送を支える…
鉄道マン時代、「常に最悪を想定して備える」という教えを胸に、現場では定時運行と安全輸送を最優先に対応していた。根岸駅での人身事故による輸送障害時、信号扱所の職員は先を見据えた判断で貨物列車の遅延最小化に尽力。輸送指令との激しいやり取りの末…
1986年に誕生したキハ183系は、北海道の都市間輸送を支える特急用気動車として活躍し続けました。厳しい気候と過酷な運用の中、N183系・NN183系と姿を変えながら走り続け、2023年にすべての定期運用を終了。翌年、全車が廃車となり、45年にわたる歴史に幕を…
2000年代に入り、キハ183系は老朽化と過酷な運用により次第に姿を消していきました。エンジン火災や重大事故を契機に、JR北海道は安全重視の方針へ転換。その中で、車齢30年を超えたキハ183系も淘汰の対象となり、2015年には5年以内の全廃が発表されました。…
1997年以降、キハ283系や261系といった新型車両の登場により、キハ183系は次第に主力の座を譲り、補完的な運用へと移行していきました。高速化と短編成化が進む中、寝台車を連結した「利尻」や3両編成の「サロベツ」など、かつての長大編成とは異なる姿で活…
1986年に登場したN183系は、札幌発着の短編成特急網を支える存在として「おおぞら」などで活躍しました。新特急色に始まり、HET色への塗装変更や高速化改造、寝台車の連結など、時代の要請に応じて柔軟に姿を変えていきました。130km/h運転への対応や「スー…
1986年、北海道の都市間輸送を支えるために誕生したN183系は、従来の設計を見直し、民間開発の高性能エンジンや軽量ボルスタレス台車を採用しました。冷房装置や空調設備もコストと実用性を天秤にかけて再構成され、グリーン車にはハイデッカー構造を導入。…
国鉄末期、老朽化したキハ82系の後継として、北海道の特急列車を支えるためにN183系が誕生しました。分割民営化を前に、財政難と社会の変化に対応するため、コスト削減と短編成化を前提に設計され、貫通構造や高運転台、視界を確保する非対称の前面窓など、…
キハ183系には、かつてのキハ82系にあった食堂車が製造されませんでした。利用率の低下や運用コストの増大、国鉄の財政難が背景にありました。その代わり、キロ182形には本格的な車販準備室を設け、旅の喫食サービスを支えました。量産は1980年から始まりま…
1970年代後半、老朽化と過酷な冬に苦しむキハ82系に代わり、北海道の鉄路を走るために誕生したのがキハ183系です。粉雪の着雪を防ぐスラントノーズ、4灯の標識灯、発電用エンジンの冷却機器配置など、すべてが“冬と長距離”を見据えた設計でした。先代の課題…
《前回からのつづき》 キハ82系の登場により、それまで特急列車が設定されてなかった地方亜幹線にも進出し、非電化区間のスタートもいえる存在になりました。しかし、キハ82系が搭載したDMH17系エンジンの非力さは当初から課題となっていたため、運用できる…
《前回からのつづき》 1960年に登場したキハ80系は、先頭車となるキハ81形と、中間車であるキハ80形、そして一等車のキロ80形、食堂車であるキサシ80形で構成されました。先頭車となるキハ81形は、冷房装置や室内灯などに電力を供給するためのサービス発電用…
1960年、国鉄初の特急用気動車キハ80系が登場しました。蒸気機関車の煤煙や燃料問題を背景に進められた「動力近代化計画」の中で、非電化区間にも優等列車を走らせるための答えとして生まれたのです。軽量化と動力分散の思想を受け継ぎ、準急「日光」で実績…
石川さゆりの名曲に描かれた「上野発の夜行列車」。かつて東京から北海道へ向かう旅は、青森までの列車と青函連絡船、そして道内の特急列車が連携していました。青森・函館駅の構造や接続ダイヤ、キハ80系気動車の活躍など、鉄道と船が一体となって人々の旅…
夢の超重量列車を目指したEF200形の挫折。その反省から生まれた実用電機・EF210形は、やがて補機の役割も担う300番台へと進化する。瀬野八の急勾配を越える“赤い補機”EF67形の後を継ぎ、補機専用機という国鉄以来のカテゴリーは静かに幕を下ろした。2025年、…
瀬野八の急勾配を越えるために生まれたEF67形。走行解放の廃止、更新工事、そしてEF210形300番台の登場——時代の波は静かに“赤い補機”を追い詰めていった。2022年、最後の105号機が運用を離れ、補機専用機というカテゴリーは鉄路から姿を消す。だが、広島車両…
EF61形200番台の老朽化により、JR貨物は再び“改造”による補機の更新を決断。EF65形0番台を種車に、電機子チョッパとGTO素子を搭載したEF67形100番台が誕生する。コストと性能の両立を追求し、わずか1年で5両を完成。1991年、瀬野八の補機はEF67形8両体制へ。…
国鉄分割民営化を経て、瀬野八の補機運用を担い続けたEF67形。しかし、相棒EF61形200番台の老朽化が進み、JR貨物は新たな補機の開発を迫られる。だが、完全新製は非現実的——選ばれたのは、再び“改造”という道だった。EF65形0番台の若番車を種車に、チョッパ…
いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 昨年は多くの方に当ブログにお越しいただき、また、長きにわたってご愛顧いただいたことに、心より御礼申し上げます。 早いもので21世紀に入って四半世紀も過ぎ、2026年になりました。 昨年は鉄…