旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第一章・その20「最後の添乗実習、門司-福岡貨物ターミナルの高速貨物列車」【前編】

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◆最後の添乗実習、門司-福岡貨物ターミナルの高速貨物列車【前編】

 門司機関区での研修勤務も終わりに近づいた頃、最後の添乗実習で門司-福岡貨物ターミナル間の高速貨物列車に乗ることになった。およそ100km、時間にして1時間強という長い行程だ。
 門司機関区の構内にある、機待線と呼ばれる留置線に停まっている赤いED76形に乗るようにいわれ、助役さんに連れられて機関車へ。いつものように運転台に上がると機関士にあいさつをして出発を待った。
 この日も天気は晴れで、気温もぐんぐん上がっていて夏の暑さ。検修庫も空調がないので暑かったが、機関車の運転台もとにかく暑かった。なにしろ冷房なんてものはないし、唯一ある扇風機はとっても小さなもので(2000円程度で売られているクリップ扇といえば想像つくかも知れない)、しかも機関士席にしかないから助士席側にいる私にあたるはずもない。ED76形は国鉄時代に造られた機関車で、昔は機関助士も乗務していたというから、夏場の機関助士はどうやって暑さを凌いだのだろうと思わずにはいられなかった。
 門司機関区を出庫して、操車(輸送係)の誘導で門司操車場の着発線に留置している貨物列車に連結すると、出発時刻を待って西へと向かい走り出す。
 私は小さな窓越しに進路が開通して出発信号機が進行を現示するのをじっと待った。やがて時刻が来たらしく、信号機が青色(厳密には青緑色)の進行を現示し、機関士が指差喚呼をすると私も続いて「出発、進行」と指差喚呼をする。そして、すぐに機関士のハンドル操作を観察した。
 ところが、同じ電気機関車でも幡生操へ行くEF81形とは違うことに気付いた。
 EF81形は出発すると、ノッチを一つずつ動かしていくが、並列4段から直並列へと動かし、そこで止めていた。ところが、ED76形はそうではなく、細かいノッチが34個も刻まれている。機関士はその細かいノッチを一つずつ動かしていたのだ。
 さすがにこれには驚いた。同じ電気機関車でも、こうも運転方法が違うとは。
 EF81形は自動進段といって、速度やモーターに流れる電流値に合わせて、制御装置を並列、直並列、直列を自動的につなぎ合わせてくれる。自動車でいえばオートマチック車だ。
 ところが、ED76形はノッチの進段は機関士の腕にかかっているという。機関士は電流計の目盛りを見ながら限界値を超えないようにノッチを一つずつ動かして、モーターに流れる電流を調整していく。だから、機関車が動き出す時に1ノッチに入れて動き出し、すぐに限界値が来るので2ノッチに入れ加速し、再び限界値に近づくと3ノッチに入れて…ということの繰り返しだった。もしも、ノッチを進めることを忘れてモーターに流れる電流が限界を超えると、そのモーターを焼き壊してしまうから大変なことになる。
 もちろん速度計も見なければならないし、前方の信号機を見落とすわけにもいかない。電流計、速度計、信号機と少なくともこの3つは見ていなければならないからめまぐるしくて大変だ。はたして、将来機関士になったとして、この私に務まるのだろうかと、ちょっと不安にもなってしまう。
 機関車はどんどん加速して、小倉駅の場内を通過。前回の添乗実習と同じく、ホームには旅客列車が着くのを待っているお客さんがたくさんいた。早く列車に乗って、冷房の効いた車内でくつろぎたいと待っているお客さんにとって、通過しかしない貨物列車はある意味迷惑だったかもしれない。本当に申し訳ない。