《前回からのつづき》
前面窓上には前部標識灯となるシールドビーム灯をそれぞれ1個ずつ設置し、後部標識灯も左右1個ずつ前面腰部に設置していました。試作機と1次車、2次車では内ばめ式の、3次車では外ばめ式の標識灯が採用されました。
側面は機器室内に設置された大容量の主抵抗器から発生する排熱と冷気を効率よく換気するために、大型のルーバー窓が設けられていました。そのルーバー窓の上には、細長い採光用のガラス窓が並び、EF61形で採用されたデザインを踏襲しつつ、大容量の発電ブレーキに対応した構造とされたのです。
基本的な設計はEF60形がベースになっていました。主電動機はEF70形で採用された出力425kWのMT52形を6基搭載し、定格出力は2,550kWという強力なものでした。この構成と出力は、EF60形2次車以降に製造された国鉄直流電機のF級機として標準的なスペックといえます。
もっとも、定格出力は同じでも、歯車比の設定によって機関車の性格は大きく変わります。EF63形は山岳路線に適した低速寄りの1:4.44に設定され、牽引力重視の低速機でした。この歯車比はEF62形と同一で、協調運転をするために最適化されたといえます。この歯車比の設定のために、設計上の最高運転速度は100km/hでしたが、実用的な定格速度は39km/hという性能でした。こうしたことから、定格牽引力は23,400kgとトルク重視の牽引力で、これは協調運転をするEF62形はもちろん、貨物用機として設計製造されたEF60形2次車以降と同一、勾配路線用として設計されたEF64形や汎用機であるEF65形の20,350kgよりも強力な牽引力を備えていました。

EF63形の前面は、ある意味独特の意匠になったといえる。基本的なレイアウトは、国鉄電機の貫通型に共通するもので、中央部に貫通扉を設置し、その左右に側面まで回り込んだ「パノラミックウィンドウ」と呼ばれる前面窓を備えた。機関士からの視界を確保知るとともに、踏切などでの衝突事故の際には乗務員の安全を確保するため、高運転台構造なども同じだった。しかし、前面窓は多くの形式でHゴムによって固定されていたが、EF63形は金属窓抑えとなったため、角張った形状になり同じ意匠でも大きく印象を異なるものにした。写真の右側にはC'無線用のコーリニアアレイアンテナも設置されている。(EF63 10〔横〕 碓氷峠鉄道文化むら 2025年5月4日 筆者撮影)
EF63形はEF62形と重連で協調運転をするために、総括制御回路と引き通し管を備えていました。こうしたものは、他の重連運用を前提とした電機ではごく普通の装備でしたが、EF63形はその引き通しは方渡りと呼ばれる一方向のみに装備されていました。
通常、電機の引き通しは両渡りとされ、車両の方向が変わっても用意に引き通し回路を構成できるようにしています。これは、電機のメリットである向きが変わっても転回をせずに運用できるためでした。しかし、EF63形が方渡りとされたのは、碓氷峠区間のみで運用することが前提であったため、ほかの電機のように方向が変わることが絶対に有り得ないとされたためでした。この特異な構造は、国鉄電機としては他に例がなく、EF63形がいかに特殊な構造をしていた専用機であることを表しているといえます。
制御装置には、EF62形と同様に電動カム軸式自動進段制御のSC16形、バーニア制御器にはCS17形、そして電動カム磁気式転換制御器にCS18形を搭載していました。この制御器を搭載したことにより、従来の単位スイッチ式では機関士は電流計と速度計を見ながら主幹制御器のノッチ進段操作をしていました。
この自動車でいうところのマニュアルミッション車のようなノッチ操作は、一朝一夕に習得できるような技術ではなく、機関士自身の経験とそれによって培われた技術が必要不可欠でした。特に碓氷峠区間のような厳しい勾配が多い山岳路線では、動輪軸の空転が起こった場合、単位スイッチ式では電流計の数値によってそれを感知することはできますが、その時のノッチ操作は迅速かつ適切にしなければなりません。万一、操作が遅かったりノッチの位置が不適切だったりすると、主電動機には必要以上の電流が流れてしまい、最悪の場合は主電動機の焼損事故をおこしかねません。自動進段となったことで、動輪軸に空転が生じたときには、空転検知器により機関士はそれを把握し、ノッチ操作も直列か直並列か並列かのいずれかに入れればよいので、機関士の運転操作の負担を軽減することが可能になりました。

横川運転所(国鉄時代は横川機関区)の跡地を活用して解説された鉄道展示施設、碓氷峠鉄道文化むらで保存されているEF63形12号機。重連で留置されているその姿は、まさに現役当時を彷彿させるものだと言える。EF63形は類い希な特殊装備とともに、首都圏と信越、北陸方面の間を往き来する人々や貨物の輸送を支えた重要な存在だったことから、比較的多くの車両が保存されている。(EF63 12〔横〕 碓氷峠鉄道文化むら 2011年7月18日 筆者撮影)
《次回へつづく》
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