旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

鉄道車両の冷房装置 出力の肥大化と大都市の気温上昇【終章】

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 いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。11月の初めの投稿を最後に、更新が途絶えておりました。楽しみにしていただいている皆様、大変申し訳ございませんでした。

 10月の終わりに体調を崩し、パソコンに向かうのもままならない状態になってしまいました。原因不明のめまい、動悸などなど仕事をするのも難しい状態になり、結果、筆者の本職である教鞭を執ることも難しくなり、12月初めをもって退職を余儀なくされました。

 そして12月には新型コロナウイルスにも罹り(なんで、退職後になったのかは不可解ですが)、ようやく普段の生活が送れるようになった次第です。

 来年2月には、諸悪の根源(笑)である頸椎の手術を受け、仕事はもちろんのこと、鉄活にも万全な状態で復したいと考えております。

 ブログの更新は可能な限り続けて参りたいと思いますので、今後とも変わらぬご愛顧を賜りますよう、お願い申し上げます。

 さて、この間に鉄道専門誌に筆者が寄稿した記事が掲載されました。よろしければ書店などで手に取っていただけると幸いです。

www.tetsupic.com

 それでは、11月3日投稿のつづきをお楽しみくださいませ。

 


 

《前回からの続き》

 

blog.railroad-traveler.info

 

■終わりに 冷房能力の強化=排熱量の増加と温暖化

 これまで、鉄道車両の冷房化と、その装置と能力を概観してきました。

 初期の冷房装置は、強力な冷房能力を求めると装置そのものが大型化してしまい、鉄道車両に載せるには適当ではなかったといえます。これは、その当時の技術力の問題からくるもので、ある程度は能力が低くても、車両に載せて冷房化を進めるためには選択の余地がなかったといえます。

 一方で、当時の気候や環境を考えると、十分な性能をもっていたといえます。

 1980年代の夏季の平均最高気温は、26℃〜30℃でした。日中の最高気温が30度を超える日のほうが珍しいくらいで、外での活動が制限されることは皆無でした。しかし、2010年代以降は30℃〜33℃と、1980年代と比べて3〜5℃も上がり、30℃を超える日は当たり前、ともすると35℃を超える日も珍しくなくなりました。そのため、屋外での活動は大きく制限され、熱中症予防のために冷房の使用を推奨するという時代になりました。

 このことは、地球の温暖化とは切っても切れないことと言えるでしょう。

 そうした中で、特に首都圏のような都市部では、気温を下げる効果がある樹木などはほとんど失われ、代わりに一度熱を蓄積すると冷えることができないコンクリートの建築物に占められるようになりました。

 いわゆる「ヒートアイランド現象」と呼ばれる都市部特有の気象現象で、そのことが冷房を使わないと命の危険にさらされる事態を引き起こしているといえます。そして、冷房装置からの排熱が、「ヒートアイランド現象」に拍車をかけていると考えられるのです。

 鉄道車両も、周りの気温が高くなってしまったため、AU75のような42,000kcal/h程度の冷房装置では、車内を快適にする十分な能力をもつに至らないようになってしまいました。特に通勤用車両のように、ドアが多く頻繁に開閉を繰り返す運用をする車両では、駅に停車するたびに熱気が車内に入りこみ、走行中は熱気が入らないまでも、十分に冷やすことがかなわなくなったのでしょう。

 そのため、E233系のように、50,000kcal/hの冷房能力を持つAU726が標準になったり、東急9000系のように既存の装置から、冷房能力を強化した装置に交換せざるを得なくなったといえます。

 

JR東日本E233系は、冷房装置にAU723を搭載している。50,000kcal/hの冷凍能力は従来のAU75の45,000kcal/hよりも強力で、装置そのものも大型化している。1990年代と比べて夏季の気温は高くなる傾向もあり、冷房能力を強化して快適な車内を提供しようとしたと考えられるが、冷凍能力が強くなった分だけ熱交換で生じる排熱量も多くなったといえる。言い換えれば、廃熱量が多くなっただけ、大気の気温を上げることにつながると考えられる。(E233系8000番代に搭載しているAU723 2022年12月30日 矢向駅 筆者撮影)

 

 しかし、暑くなったからといって、強力な冷房装置を載せるのはいかがなものでしょう。冷房能力が強力になるほど、排熱量は増えていきます。当然、その熱は大気に放出されていくので、気温を高くする原因にもなっていきます。同時に、技術が発達して冷房装置の消費電力が以前と比べて抑えることができたとしても、従来の能力であれば電力の消費量を下げることができても、強化すればその分だけ消費量は上がり、結局は変わらないか、ともすれば消費量の増大を招くと考えられます。

 また、冷房装置を強化しなければならないもう一つの理由として、かつては普通鋼でつくられていた車体や構体が、今日ではステンレス鋼に取って代わられたことも考えられます。ステンレス鋼は普通鋼に比べて蓄熱性が高いため、夏の炎天下では車体が温められるとなかなか冷えないのです。そのため、車内はかつての車両に比べて熱せられやすくなり、それ故に冷房能力の強化が必要になったと考えられるのです。

 加えて、ステンレス鋼を使うことで、車両自体の軽量化を実現できました。しかし、普通鋼と比べてステンレス鋼は外板の厚さを薄くできるメリットがある反面、炎天下にさらされた外板が車内に熱を伝えやすくなってしまったといえます。これもまた、冷房能力を強化しなければならなくなった理由として考えられます。

 

2006年からE231系に代わって、JR東日本が直流一般型電車として製造したE233系は、今や首都圏の「顔」となるまで成長した。新機軸を導入し、冗長性をもたせたこの系列は、3,200両を超える一大勢力を築いている。一方、本稿でも述べたように、冷房装置は大型化し、冷凍能力も強力になったた。(E233系8000番代・ナハN6編成 久地-宿河原 2021年6月28日 筆者撮影)

 

 一方、JR西日本で運用されている223系なども、ステンレス鋼が使われています。運用される路線の環境も、大都市圏であることはE223系と変わりません。しかしながら、223系は集約分散式に変わったとはいえ、冷房能力はAU75と同等の42,000kca/hに抑えられています。この点では、電力消費量も排熱量も従前と大きく変わらないといっていいでしょう。

 今日のように気温が高くなった気象条件と、車両の素材が変わった中で、この能力で対応できているのかという疑問があります。しかし、京阪神地区は首都圏と違って、樹木などの自然環境が残されています。東海道本線に乗車していても、東京−横浜間ではほとんど樹木などの緑を見ることはできませんが、京都−大阪間ではある程度は緑を見ることができます。この点で、同じ大都市圏とはいえ環境が異なることから、WAU708でも対応可能と判断されたと推測できます。

 いずれにしても、筆者としては冷房能力の強化は、致し方ないとしても、夏の環境に大きく影響していると考えます。もしも、これを抑えることができれば、排熱量も減少させることができ、ひいては気温の上昇を少しでも抑えることが可能になるのではと考えます。

 また、冷房能力を抑えることは、電力消費量の抑制にも繋がります。このことは、発電量を抑えることにもつながり、ひいては二酸化炭素の排出量の削減にもつながると言えます。特に、東日本大震災以降、原子力発電に対して厳しい視線が注がれ、簡単に再稼働ができなくなりました。結果、石油や天然ガスを燃料とした火力発電が主力となり、二酸化炭素の排出量が増加しました。電力消費量を減らすことは、火力発電の負担を減らし、そうすることで、地球温暖化を抑えることにも繋がっていくと筆者は考えるのです。

 近年、「SDGs」=「持続可能な開発目標」が叫ばれています。多くの鉄道事業者も、SDGsを掲げています。また、SDGsをテーマにしたラッピングを施した列車を運行し、それをアピールすることもしています。その事自体は歓迎すべきことですが、SDGsを掲げる以上は、やはり目標を達成するための具体的な行動が求められるといえるでしょう。

 冷房能力の強化はサービス面では必要なことかもしれませんが、温暖化やヒートアイランド現象、二酸化炭素の排出量を削減するなど、いつまでも住みやすい地球環境を持続させていく面では、やはり慎重に考慮しなければならないことだと筆者は考えます。

 「いまさえよければいい」のではなく、将来に渡ってよりよい環境を維持することは、これからを担う人たちにとって欠かすことのできないことなのですから。

 

 今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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