旅メモ ~旅について思うがままに考える~

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峠に挑んだ電機たち 第2章 奥羽山脈越えの隘路、33.0パーミルの板谷峠【7】

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■交流電化に切り替えとともに登場した本務機ED78形 

 1968年に奥羽本線が直流から交流に転換されると、それまで板谷峠越えの補機としてその任についていたEF64形に代わる、新たな電機が必要でした。そして、交流電化となったため、必要とされるのは直流機ではなく真っ赤な車体の交流機です。 

 この頃の交流電機は黎明期から抜け出し、技術的に一定程度確立された時期でした。 

 そもそも交流電機は、集電装置から商用電源周波数の交流20,000Vを取り入れ、それを主変圧器で降圧します。主変圧器にはタップと呼ばれる電弧があり、これを切り替えることで電圧制御をしますが、この時点では電流は交流のままです。主電動機は直流電動機なので、そのままの電流で使うことができないので、交流から直流へ変換しなければなりません。この交流から直流へ変換をするのが主変換器であり、黎明期の交流電機には水銀整流器を使っていましたが、連続した電圧制御ができることで粘着力が高く動輪軸の空転が発生しにくいというメリットが有る反面、巨大な真空管のようなガラス管に封入された水銀を噴射する構造から、振動が多い鉄道車両には不向きでした。そのため、安定した動作がしにくく、その保守管理にも多くの手間と難しさがつきまとうというデメリットを抱えていたのでした。しかし、この当時は半導体技術はまだ発達の過程にあり、大電力用のシリコン整流器は1962年に登場するED74形まで待たなければなりませんでした。 

 半導体技術の発達によって、1960年代に入ると大電力用のシリコン整流器が実用化の域に達し、国鉄はさっそくこれを交流電機に搭載することにしました。北陸本線用に開発されたED74形が国鉄交流機として初めてこれを装備し、さらに東北各線用に開発された交流電機の決定版ともいえるED75形にも採用され、続く九州向けのED76形も基本的にはED75形と同じ機器を採用し、国鉄の交流電機はようやく安定した性能と技術を得るに至ったのです。 

 

交流電機の技術が発達し、安定した性能を発揮できるようになったのは、半導体の一種であるシリコン整流器がいつヨウ化されてからだった。そして、ED75形はシリコン整流器と磁気増幅器を装備することで、安定した性能を発揮できるようになり、交流電機の標準型となっていった。しかし、当時の大容量電力の技術は進歩を遂げていたため、さらに高性能なサイリスタ位相制御が開発されていくことになる。その一方で、板谷峠のような特殊な区間では、標準軌とされたED75形をもってしても能力不足となり、特に降坂時の抑速ブレーキ機構がないことが、後に専用機の開発へとつながっていった。(出典:写真AC)

 

 奥羽本線の交流電化によって、主に東北本線で運用されるED75形を投入するという考えは、ごく普通のことといえるでしょう。しかし、奥羽本線東北本線と比べて軌道構造が弱い区間があり、ED75形をそのまま入線させることが難しく、軸重を抑える必要がありました。また、板谷峠区間では特に下り勾配が連続しているため、速度を抑える必要がありました。直流時代はEF16形が回生ブレーキを、EF64形が発電ブレーキを使うことで踏面ブレーキを多用することを避け、安全に降坂することができました。しかしED75形は基本的に平坦線区での運用を想定していたため、こうした急勾配向けの装備がありませんでした。 

 国鉄は、東北地方の線路等級が低い線区向けに、新たな交流電機を開発しました。ED75形を基本としながら、サイリスタ位相制御を搭載し、線路等級が低い線区にも入線できるように、中間台車を装着したED93形を開発し、仙山線での試験を行いました。 

 ED93形は軸重調整ができるように、空気ばねを装備した中間台車のTR103形を装着しました。この台車はED76形やDD51形にも装着され、空気ばねの圧力を調整することで軸重を変えることができました。東北本線のような軌道が強化された線区では16.8トンから16トンに、それ以外の線区では軌道構造に合わせて15トンや14トンにまで軸重を軽減できる可変機構としての役割がありました。 

 また、ED93形には新たに開発されたサイリスタ位相制御が採用されました。これは、ED75方などは主変圧器のタップを切り替えることで電圧制御し、そこからシリコン整流器で直流に変えて主電動機に電流を流していたのを、大電力を制御できるシリコン整流器を使うことで電圧制御を可能にしたので、従来は主変圧器にあった機械的な動作をするタップがなくなりました。この無電弧化をしたことで、特に厳しい冬の機構の中で凍結などによる動作不要の心配もなくなり、検修をするときの手間もなくなりました。 

 こうした当時の最新技術を採り入れたED93形は、仙山線での試験の結果、良好な成績が得られたことから量産に移され、形式名もED77形と改められました。 

 軸重制限のある線区へ入線可能な交流電機であるED77形の完成によって、東北地方における交流機の運用範囲を広げることができました。しかし、これでも板谷峠区間には不十分でした。最大33.0パーミルの急勾配を降りるときに必要な、抑速機能がED77形にはなかったためです。

 

《次回へつづく》

 

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