《前回からのつづき》
国鉄は、自らが所有する荷物車や郵便荷物車は、新性能電車の登場で余剰化した72系を改造することで賄いました。旧性能電車であれば、もともとが1Mシステムであるので、用途に合った車体に載せ替え設備を整える程度の改造で済むので、コストを抑えることもできます。
一方で、郵便車は郵政省が所有する私有車となるため、様々な問題がありました。
そもそも郵便車は郵政省の予算でつくられるため、国鉄が保有する車両を改造することは、財産区分の上で難しいものがありました。できたとしても、国鉄から種車となる車両を譲渡し、保有車を国鉄から郵政省に移管しなければならず、そのためには複雑な手続きをしなければなりません。
そして、この手続きをした上で、種車を譲渡して保有者を郵政省に移管できたとしても、今度は会計検査院に明確な説明をする必要があります。監査時に「なぜ、国鉄の中古車を導入したのか?」と問われれば、郵政省はそれについて合理的な説明が求められます。中古の車両を導入したことにより、それ以後の耐用年数や改造することが本当に適切な方法だったのか、新製より改造のコストの方が有利だったのかなど、言葉通り根掘り葉掘り質問されることも考えられるのです。
くわえて、改造であればそのコストはある程度抑えることもできますが、乗務する鉄道郵便局員の執務環境も考慮しなければなりません。郵便車、特に取扱便用の車両では、鉄道郵便局員が乗務して車内で郵便物の区分作業をします。駅で載せた郵袋から郵便物を出して、これを郵便区ごとに区分棚を使って仕分けていきます。車内には区分棚が設置されていて、その部分は窓がない構造になるため、夏季は換気が十分でなく蒸し暑い中での作業になります。窓があっても開ければ、走行中に吹き込んでくる風によって郵便物が巻き上げられてしまい、効率的な作業が望めません。
そのため、客車の郵便車も、10系に属するオユ10形やオユ11形は冷房化改造によって、オユ14形とオユ16形は製造当初から冷房装置が備えられていました。旧性能電車である72系を改造した場合、床下機器の関係から大容量の電動発電機を搭載することが難しく、冷房装置を設置することが難しかったのではないかと考えられるのです。

郵便車は比較的早い時期から冷房化が施された。これは、車両を製造するための予算が国鉄ではなく郵政省である「私有車」であることや、夏季に車内で区分作業をするときに、換気のために窓を開けると郵便物が風に飛ばされてしまって滅失する恐れがあること、これを防ぐために窓を閉めてしまうと郵便局員の汗などで郵便物を汚損してしまうことから、鉄道郵便局員の乗務環境の改善とあわせて、郵便物の滅失・汚損防止のために冷房装置が設置されたのだった。写真のオユ14形だけでなく、気動車のキユ25形、そして電車のクモユ141形とクモユ143形は、いずれも新製時からAU13形分散式冷房装置を装備していた。(©spaceaero2, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons)
そこで、車両を製作する費用は郵政省の予算なので、郵便車を電車化に際しては新たな郵便車を新製することにしましたが、もう一つの課題を解決する必要がありました。
郵便車は1両単位で運用することになる一方で、新性能電車は前述の通りMM’ユニットを組むことが前提でした。そのため、新たな郵便車はカルダン駆動の新性能電車でありながら、1両でも走行できるカルダン駆動式の車両にすることが求められたのです。
1967年に新製されたクモユ141形は、それまでの国鉄電車にはなかった1M方式の新性能電車でした。主制御器や主抵抗器といった主機類と、空気圧縮機や電動発電機といった補機類をすべて床下に収めることで、1両単位でも運用できる車両を実現しました。一方で、101系以来の新性能電車に装備していた発電ブレーキは省略されました。こうすることで主制御器と主抵抗器を小型化し、主機類と補機類の療法を床下に装備することを可能にしたのでした。
クモユ141形の成功は、新性能電車の常識であったMM’ユニットにとらわれる必要がなくなりました。クモユ141形の増備車といえるクモユ143形や、荷物電車であるクモニ143形、そして牽引車となるクモヤ143形やクモヤ145形などが登場しますが、いずれもクモユ141形から始まった1M方式新性能電車だったのです。
こうして、国鉄は事業用車ではあるものの、新性能電車であり1両単位での運用を可能にした1M方式を手に入れ、そして郵便車や荷物車、牽引車、そして配給車に至るまで、ある意味では「ファミリー化」をして展開、次々に運用に就かせました。しかし、国鉄自身とそれを取り巻く状況が大きく変化し、新性能1M方式電車もその荒波に飲まれていくことになります。
《前回からのつづき》
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