旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

今週の1枚 EF65 2065〔新〕

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EF65 2065〔新〕 2021年6月18日 新鶴見信号場 筆者撮影

 

EF65形PF・2065号機の生涯|新鶴見で45年走り続けた国鉄直流電機の記録

 

 長らく鉄道貨物輸送を支え続けてきたEF65形も、定期運用から離れて間もなく1年が経とうとしています。筆者が鉄道マンだった頃、新鶴見には多くのEF65形1000番台(PF形)がいたので、あまりにも見慣れすぎて他の珍しいカマがいないものかと探したものでした。

 後継となるはずだったEF200形は事実上の失敗作に終わり、性能を適正化させたEF210形が増備されても、新鶴見はPF形の牙城ともいえるところでした。その理由として考えられるのが、EF210形の増備が年に数両ほどしかなかったことや、長距離・高速走行を強いられ続けたEF66形の置換えが優先されたこと、そしてPF形の多くが更新工事による延命を受けていたことであるといえます。

 とはいえ、EF210形の増備が続くと、置換えのターゲットはPF形に移っていきました。そして、EF210形が新鶴見に配置になり始めると、それまで主ともいえたPF形が徐々に姿を消していきました。

 2020年代に入ると国鉄時代から走り続けてきたPF形の「全廃」という言葉も現実味を帯び始め、続々とやってくるピカピカのEF210形が走り始めると、老兵となったPF形は保留車になったり廃車になったりしていきました。

 2021年に撮影したEF65 165は、最後の全般検査を受けたときに、国鉄直流機の標準色に塗り替えられて出てきました。新製当時、そして国鉄時代から民営化直後に身に纏ったその色は、やっぱり似合うの一言に尽きます。

 EF65 2065は、原番号1065号機として1977年に川重・富士のコンビによってつくられました。昭和50年度第1次債務予算で製作され、首都圏に残存していた旧形電機置換えを目的とされました。

 その目的通り、1065号機は新鶴見に新製配置されます。以来、新鶴見を離れることなくその運命が尽きるまで、専ら首都圏を中心とした貨物列車を牽き、多くの人々の暮らしを貨物輸送という形で支え続けてきた機関車の1両でした。

 分割民営化後も新鶴見配置のままJR貨物に継承され、初期の頃は試験塗装機に指定されて直流機特急色から、前面は黄色に窓廻りは黒、側面は黄色の帯とライトブルー、そして上下は青色という「派手な塗装」を身に纏いました。

 また、コキ50000形250000番台を牽くときに必須となるブレーキ系統の常用減圧促進改造を施されて、ナンバープレートは赤色に変えられました。さらに、延命のために更新工事を施されると、今度は貨物更新色を身に纏いました。

 そして、2012年になると国土交通省の省令によって、100km/hを越えて運転をする車両に対して運転状況記録装置の搭載が義務づけられたことで、JR貨物のPF形はこの装置を搭載しないことから、旅客会社に所属するPF形と区別するため、原番号に+2000の改番が行われて2065号機となりました。

 それ以後も変わらず新鶴見に配置されつづけ、首都圏をはじめ東海道・山陽線、さらには予讃線の貨物列車を牽き続けましたが、この写真の撮影から2年後の2023年に、ついにその命運も終わりとなり、この年の3月31日に廃車されてしまいました。

 1977年の新製以来、45年という長い年月を一貫して新鶴見で過ごした2065号機は、いわば「生え抜き」ともいえる車両だったといえます。同時に、新鶴見の周辺は時代とともに激しく変化していき、三大操車場とも称された新鶴見操車場のの終焉や、その跡地の開発、周辺の高層ビルやマンションの建設と町並みの変化など、この場所を見続けながら、日本の物流を支え続けてきた1両と言えるでしょう。

年月 配置  
1977年 新鶴見 新製:川崎重工・東洋電機
1987年4月 新鶴見 分割民営化:JR貨物に継承
2023年3月 新鶴見 廃車

 

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