《前回からのつづき》
キワ90形は形式名が示すように、気動車として分類された有蓋車でした。つまり、郵便・荷物輸送を担う郵便車や荷物車、そして事業用車を除いて、旅客を乗せないで貨物を載せる気動車でした。
車体は連結面間の全長が8800mmという、気動車としては非常に短いものでした。これは、車扱貨物の基本的な有蓋車ともいえるワラ1形の8040mmよりも760mmとわずかに長くなった程度でした。
有蓋車として使うことを前提としたため、車体中央部から前位寄りにオフセットされた幅1400mmの吊戸を使った荷役用扉と、長さ4100mmの貨物室が設けられました。貨物室内は有蓋車と大きく変わることはなかったようですが、面積は約9.9㎡と10トン積み有蓋車の一つであるワ1000形の13.23㎡よりも狭く、少量の貨物しか積載できないものでした。
その一方、後位側には機器室にも見える部屋が用意されていたようです。形式図などの資料を見るところ、特に什器などの調度品の記載がなく、屋根上には丸い形の吸排気口のようなものが設置されていることから、床下のエンジンの配置状態から推察すると、おそらくは冷却系の機器を設置するところだったと考えられます。
このように、キワ90形は有蓋車としては小さいものでしたが、閑散線区で運用することを考慮していたのでしょうか、この程度の面積でも十分だったのかもしれません。
これらの貨物室と機器室と思しき配置に前後して、運転台を備えた乗務員室がありました。キワ90形は気動車なので、前後にこうした設備を設けることは不思議ではありません。しかし、助士席側に設置された椅子は前方ではなく後方を向いており、壁面には執務用机が備え付けられていました。この構造は、貨物列車に列車掛が乗務する緩急車のものであり、キワ90形は運転士が乗務して気動車として運用する一方で、緩急車としても運用することを想定していたといえるのです。
前面は工作を可能な限り簡素にして、製造コストを抑えるために、切妻で前面窓は101系電車などと同様に3連の平面ガラスを使っていました。ただ、101系の前面窓は上部が後方に傾斜し、窓部分に凹みをつけた立体的な構造でしたが、キワ90形は妻面に開口部を設け、その部分に窓ガラスをはめた簡素なものでした。前部標識灯も妻面幕板部の中央に白熱灯1個を設置していました。おそらくは、101系などと部品の共通化を図ることで、コストの軽減を狙ったと考えられます。

閑散線区や末端線区であっても、1両の貨車がやってくればそのために列車を組成して運行しなければならなかったのが、当時の国鉄の貨物輸送でもあった。そのため、列車を牽く機関車と、最後尾に連結する緩急車を手配し、さらにそれに乗務する機関士と列車掛も手配しなければならなかった。言い換えれば、手間とコストがかかり、赤字を生む体質であったことは否めない。写真は鶴見線大川駅で待機する貨物列車。ホキ車6両とタキ車1両に対して、これを牽くDD13形と緩急車であるヨ5000形も連結されている。(©Hahifuheho, CC0, ウィキメディア・コモンズ経由で)
キワ90形は気動車として自走できる貨車として設計製造されたので、床下にはディーゼルエンジンを搭載していました。採用されたのは、1960年代に製造された気動車用の標準エンジンであるDMH17系の一つ、DMH17C形を1基搭載しました。直列8気筒、排気量17リットルのこのエンジンは、このブログでも何度もお話してきたように、定格出力180PS、最大でも200PSに留まるといった性能です。この非力なエンジンで、自ら荷重7トンの貨物を積んで、しかも2両程度の貨車を牽くのは無理がありました。
他方、走り装置は気動車としては珍しく、二軸貨車の標準ともいえる二段リンク式でした。これは、有蓋車として運用するため、自らに貨物を積載すること、全長が短く高速で走行することを考慮していたなかったため、ボギー台車ではなく二軸貨車と同じ二段リンク式になったのです。
このように、キワ90形は気動車というよりは、有蓋車にエンジンと運転台を備えた乗務員室を設けたような異質の車両となり、試作車とはいえ国鉄の車両としては奇異なものだったといえるのです。
《次回へつづく》
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