旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

赤い尾灯を灯して貨物列車の殿を受け持った車掌車たち【12】

広告

《前回からのつづき》

 

blog.railroad-traveler.info

 

■特急貨物列車に汎用的に使うことを目指した試作車・ヨ9000形

 1960年代に入ると道路の整備が進み、世の中に自動車が普及すると、貨物の輸送はトラックへとシフトしていきました。特に高速道路の整備は鉄道貨物にとっては脅威そのもので、発駅から着駅までいくつもの操車場を経由しなければならないため、輸送時間は非常に長く、その半分以下の時間で運ぶことができるトラックに太刀打ちできず、シェアを奪われ続けることになりました。

 こうした貨物輸送を取り巻く環境の変化に対応するため、国鉄は高速運転を可能にする特殊仕様の貨車を開発して、操車場を経由しないで発駅から着駅まで直行で運行する特急貨物列車の運行をすることにしました。

 これを実現させた10000系高速貨車は、コンテナ車であるコキ10000形や冷蔵車のレサ10000形、そして汎用有蓋車であるワキ10000形の3種類があり、コンテナ車にはコキフ10000形と冷蔵車のレムフ10000形の緩急車も用意されていましたが、運用上の制約があるなど手間のかかるものでした。

 そこで、こうした100km/hで運転される列車に汎用的に使うことができる車掌車を使うことが考えられ、ヨ6000形を基にこれに対応した仕様のヨ9000形が2両、1968年に試作されました。

 ヨ9000形については既に別の稿でお話しているので詳述はそちらに譲りますが、長時間、長距離を停車することなく走行する運用に充てることが前提であったため、車掌車としては初めてトイレも設置され、高速走行に対応した1軸台車を装着するなど、事業用貨車としては破格の新機軸と装備をもったのでした。

 試験走行の結果、期待したほどでなかったことから量産されることはありませんでした。それどころか、試験運用の終了後は65km/hでの走行に制限する低速車の指定がされ、車体に黄色帯を巻かれるなど、本来とは真逆の使われ方になってしまいました。

 しかし、このヨ9000形によって車掌車にトイレを設置するという発想は、後に老朽化する車掌車の置き換え用として製造されたヨ8000形にも活かされ、車掌車の近代化と乗務環境の改善の礎を築いたといえるものでした。

 

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info

 

国鉄最後の量産型車掌車 コスト削減と執務環境の改善をねらったヨ8000形

・老朽車両の置き換えと新たな需要

 国鉄の貨物列車は、言葉通り全国津々浦々で運行されていました。その列車の本数は非常に多く、1978年のダイヤ改正、いわゆる「ゴー・サン・トオ改正」の時点でも4,232本の列車が運行されており、その最後尾には緩急車が必ず連結されていました。そして、晴れていようが雨が降ろうが、雪が積もろうが、季節や天候、昼夜を問わず走り回る車掌車は酷使されるため、一般の客車や電車などに比べて老朽化も激しくなりがちでした。

 戦前や終戦直後に製造された車両は、1970年代に入る頃になると損耗も激しくなり、置換えの時期に差しかかります。特にヨ2000形やワフ21000形など戦前製の車両は、新製から時間もかなり経っていて、これらの置換えは急務となっていました。加えて、主力となっていた車掌車であるヨ5000形やヨ6000形の新製も終わっていましたが、これらの車両も事故や故障などによって廃車になったものもあり、その補充も必要でした。

 そこで、1974年から新たにつくられたのがヨ8000形でした。

・特急貨物の設計思想を継承

 ヨ8000形の設計は、それまでの車掌車とは大きく変わりました。これは、1960年代後半になって新製された10000系高速貨車のうち、緩急車の設定があったコキフ10000形やレムフ10000形の設計が活かされたためでした。

 

従来の貨物輸送とは大きく異なる運用を想定した特急貨物列車用の10000系高速貨車は、発駅から着駅まで乗務員交代のための運転停車を除くと、無停車での運行が前提だった。そのため、乗務する車掌も交代までは乗り続けることになるため、従来の車掌車の設備では執務環境の点で難があった。車掌ユニットを台枠にボルトで締結するという合理的な製造方法に加え、車掌室は長距離乗務にも対応できるように、トイレや手洗い器などを設け、客車に近い設備を備えていた。(©永尾信幸, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

 

 コキフ10000形とレムフ10000形は、貨物を載せるべき台枠の片側に車掌室となるユニットを別に製作し、これを載せるという方法が採られていました。車掌ユニットは全金属製の溶接構造で、片側に出入口となる扉を設け、後部を監視するための窓も備えられていました。車内は長距離をほとんど停車することなく走る列車に乗務するという、特急貨物列車の独特の性格から、車掌の執務環境にも配慮された設備も備えられたのです。

・客車並みの設備と製造合理化

 車掌が事務処理に使う執務机と椅子は後方を向くように扉の脇、山側に設置され、反対側には小さいながらも休憩用の椅子がレール方向に備えられていました。また、乗務する車掌が持つ鞄などを収納するロッカーも、車掌車としては初めて設置されています。そして、緩急車としてはワムフ100形以来のトイレも設置されるとともに、手洗い器とくず物入れも備えられるなど、客車に限りなく近い設備を持っていたのです。もちろん、冬季には欠かせないストーブも、車内の中央部に設置されていました。

 こうした設備をもった車掌室のユニットを、台枠にボルトで締結して取り付けることで、製造工数を減らすことを実現させるとともに、製造コストの軽減を図ったのでした。この緩急車の設備は乗務する車掌からも好評だったと考えられ、その実績を反映させる形でヨ8000形も設計されたのでした。

分割民営化の直前に車掌車連結廃止、そして列車掛の乗務廃止となり、多くは用途を失って廃車、そして解体されていく運命を辿ったが、ヨ8000形は製造から経年も浅かったため、比較的まとまった数が新会社に継承された。それも徐々にその数を減らしていき、甲種輸送では連結されている姿も見なくなってきた。一方、東武鉄道はSL列車運転を計画したが、保安装置がJRとは異なるため機関車に追加設置をしなければならなかった、車両自体がJR北海道からの借用だったため、これに手を加えずJR貨物からヨ8000形を譲受してこれに設置して対応したことで、定期運用をもつ車掌車が図らずも復活したといえる。(©Rsa, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

 

《次回へつづく》

 

あわせてお読みいただきたい

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info