旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【16】

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《前回からのつづき》

 

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 EF62形は自重の軽減にも気を配った設計になりました。連続した急勾配を降坂するときに使う発電ブレーキは、その動作を確実で強力にするため、大容量の主抵抗器を装備していますが、その分だけ重量が重くなります。しかし、碓氷峠区間は粘着運転への切り替えと複線化工事のときに、重量列車に耐えることができる1級線の規格に線路構造が改良されましたが、その前後の信越本線はそれよりも構造が低い2級線の規格だったため、車両の重量に制限がありました。そのため、碓氷峠区間だけでなく信越本線全線に渡って運用することを前提としたEF62形は、これに対応した自重でなければならなかったのです。

 このような線路等級に起因する制限をクリアするため、台車は軽量化と、勾配線区における輪重移動を抑えるため、国鉄新性能電機としては唯一の3軸ボギー台車であるDT124形を新たに設計し装着しました。この3軸台車にすることで、軸重を16トンに対応したものとなりましたが、一方で、3軸台車の欠点ともいえる横圧にも対応した性能にしなければなりませんでした。

 横圧とは、台車枠に横方向に固定された輪軸が、曲線を通過するときに軌条(レール)にかかる圧力を指します。この押圧が大きければ大きいほど、犬釘やボルトで枕木に固定された軌条にかかる負担も大きくなり、最悪の場合は犬釘やボルトがそれに耐えきれなくなって破壊され、軌条が規程の軌間を越えて大きく広がり、輪軸の踏面が軌条から外れて脱線事故につながります。

 もちろん、保線区の職員はそうした事が起きないよう、決められた周期で線路の状態を確認する「保全巡回」と呼ばれる作業を行います。線路の状態を徒歩で目視検査をしながら、不具合のある場所を見つけると直ちに補修の措置をします。しかし、頻繁に横圧がかかった状態が続くと、線路の損耗も激しくなるので、大きなものになると軌条とそれを支える枕木自体を交換しなければなりません。

 さらに道床などにも負荷が生じるので、軽微なものであればタンパーなどを使って突固めをしますが、損耗がひどい場合はバラストとなっている砕石を交換する道床交換や、軌条を新しいものへ替えるレール交換という比較的大規模な工事をしなければならないので、その分だけコストも上昇してしまいます。

 

EF62形が装着する台車は、国鉄新性能電機としては珍しい3軸ボギー台車であり、軸配置はC-Cだった。これは、車両自重を軽減と軸重偏位を抑えるための苦肉の策ともいえた。この種の台車はレールにかかる横圧が強くなるため、動輪軸が横方向に動くことを許容する必要がある。これがないと、軌道への負担も大きくなり、保線職員の検査周期が短くなるばかりか、砕石突き固め、レール交換といった線路を維持するための作業頻度が短くなり、コストの上昇を招くばかりか重大事故に発展する恐れがある。DT142形台車は、横方向に最大で25mm動くことが許容された設計だった。(EF62 1〔関〕 碓氷峠鉄道文化むら 2017年7月8日 筆者撮影)

 

 そのため、できるだけ横圧による軌道への影響を抑えるために、EF62形が装着するDT124形3軸ボギー台車は、動輪軸が横方向に6mm〜25mm動くように設計されていました。この6mm〜25mmという数値を見て、たったのこれだけかと思われるかもしれません。たしかに定規などでその長さを見ると、ほんの僅かに思えることでしょう。しかし、鉄道における軌道の世界では、この数値はとても大きいもので、例えばJRや多くの私鉄で使われている1067mmの軌間からすると、わずか数ミリずれただけで車両が脱線をする危険性をはらんでいます。*1実際に輪軸の踏面が軌条の頭部に接触している幅は数ミリから十数ミリ程度しかないので、DT124形が稼働できる最大である25mmはとても大きなものなのです。

 このように、軽量化を図りつつ横圧などの対策を施した台車を装着したEF62形ですが、他にも自重を軽くするために苦心の設計とななりました。通常、車体に強度を持たせるために、レール方向の側梁とその間を枕木方向に渡される中梁でつくられます。しかし、中梁がある分だけ車体の重量は重くなり、搭載する機器なども加わると、車両全体の自重が嵩みます。そうすると、動輪軸にかかる軸重も重くなるので、2級線である信越本線での運用が困難になってしまいます。

 そこで、国鉄の技術陣は側梁の強度を増やして頑丈にするとともに、中梁をなくして重量を軽減させました。また、屋根の部分は通常の電機は鋼板部分と強化繊維プラスチック(FRP)の両方でつくられているのに対し、EF62形はほぼすべてに渡ってFRPとすることにしました。言い換えれば、前面と側面、そしてごく僅かな屋根部分以外はポッカリと穴が空いた形状にし、その穴の部分をFRPで覆う構造とすることで、車体自体の重量を大幅に軽減したのです。

 前面はEF63形との三重連での運転を考慮して、新性能F級電機としては初めて貫通扉を設けた貫通構造としました。ただし、EF60形やEF61形の非貫通構造の設計を基本としたため、前面上部は後方に傾斜させたため、貫通扉の部分だけが傾斜のない垂直構造だったので、この部分が前方に少し飛び出たようなデザインになりました。

 

EF62形は試作的要素をもった先行量産機である1号機を1962年に落成させて、後に製造されるEF63形とともに試験運用を繰り返した。その結果、粘着式運転に移行しても問題がないことが確認されると、碓氷峠区間を通過するすべての客車・貨物列車の本務機として運用された。落成当初は旧形電機と同じぶどう色2号の塗装だったが、後に直流機標準色が制定されると、青15号とクリーム色1号へと変わっていった。(EF62 1 碓氷峠区間 2017年7月8日 筆者撮影)

 

 前面の窓はEF60形やEF61形と同様に側面に回り込んだパノラミックウィンドウとして、前方の視界を広く取れるようにしました。また、この窓の上部には、冬季の気象条件が厳しい上信越での運用を考慮して、氷柱切りのための庇が設置されました。そして、その上部には、シールドビーム灯を使った左右1個ずつの前部標識灯を設置し、幕板部は丸みを帯びたEF80形第1次車に通じるデザインだったといえるでしょう。

 側面は大容量の主抵抗器への送風と排熱を考慮して、大型のルーバー窓を6か所設け、機器室の採光用に小さな窓が設置されていました。この窓は他の電機に比べて非常に小さいため、実際に機器室内での点検や修繕作業のために十分な光量の明かりが採り入れられていたのかは疑問の残るところですが、それでもないよりはマシだったのかもしれません。

 

《次回へつづく》

 

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*1:

 2013年9月19日に、JR北海道函館本線大沼駅構内で発生した貨物列車脱線事故は、分岐器付近の軌間が最大37mmも軌間が広がっていたのを、検査で検出しながら適切な補修などの措置をせず、そのまま1年以上も放置していたことが原因であった。高速で通過する列車にとって、軌間を維持することは安全輸送のために絶対のことであり、この軌間広がりがいかに大事故につながるかを知らしめる事故であったが分かる。