1. はじめに――貨車の色に込められた意味をもう一度
いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。
4年前の2021年の夏に、「貨車の色にも意味があった」と題して、貨車の塗装についてお話しました。この記事では触れていなかった塗色について、今回は加筆したいと思います。
2.黒色塗装の合理性――汚れと補修に向き合う設計思想
国鉄時代、貨車の車体に使われる色は規定によって厳格に定められていました。原則として貨車は黒色で塗装されていましたが、これには明確な理由があったといえます。貨車の場合、旅客車とは違って乗客が乗ることはなく、当たり前のことですが貨物を載せます。そのため、貨物を積み下ろしするときにはどうしても汚れてしまうことが多いのです。
加えて、貨物の積卸作業をするとき、お世辞にも丁寧とはいえない荒っぽい扱いをせざるを得なく、結果として車体外板に傷をつけたり汚してしまったりすることが多いのです。また、古くは蒸気機関車が貨物列車の先頭に立っていましたが、列車重量が重いため引き出しをするときには、機関車からは大量の煙が吐き出され、そのばい煙が車体に付いてしまうので、その汚れも多くなってしまいます。
また、全般検査など大規模な定期検査を受けるときには、普通鋼でできた車両は風雨にさらされているため腐食など傷んでしまうので補修をしますが、この時に塗装もし直されます。貨車の場合、塗装作業の工程を可能な限り減らすため、一色のみで施すのが原則ですが、黒色を使うことで仕上げも比較的簡単で、使う頻度も高い色であることからコストを可能な限り軽減しているのです。
こうした理由から、国鉄時代の貨車は黒色で塗装することが定められていました。
蒸気機関車から電機やディーゼル機に変わっても貨車の塗装は黒色が維持され、国鉄分割民営化されて新会社になっても、特定の貨車以外の車両、特に物資別適合輸送用に製造・運用していた車扱貨物用の貨車は原則として黒色のままでした。

タキ43000形の場合、国鉄と石油元売各社などが出資して、日本オイルターミナルが設立された。国鉄自身が出資していることはあまり関係ないともいえるが、集約輸送という特殊な輸送形態をとることから、操車を担当する輸送係が識別ししやすいように、車体を青15号に塗られている。隣の写る日本石油輸送が保有するタキ43000形は、変わらず黒で塗装されているので、その違いが分かるだろう。(タキ43476 新鶴見信号場 筆者撮影)
3.例外の始まり――色が語る積荷と法令の関係
しかしながら、既にお話した通り、一部には例外がありました。一つは積荷によっては法令によって容器の色が指定される場合です。これは、前の稿でご紹介したタキ25000形がそれに当てはまります。タキ25000形は液化石油ガス=LPG専用のタンク車ですが、これを積むための容器=タンク体はねずみ色で塗装して、中身が何であるか容易に識別できることが定められていました。そのため、タキ25000形をはじめとしたLPG専用のタンク車のタンク体は、すべてねずみ色に塗装されていました。
4.識別のための色――青15号に塗られたタキ43000形
もう一つは同形式の車両が一般的な黒色で塗装されていても、保有する会社を容易に識別できるようにあえて別の色を使っていた例です。35トン積ガソリン専用タンク車のタキ38000形や、その後継となった42トン積ガソリン専用タンク車であるタキ43000形などは、石油元売り会社などが保有する車両が黒色であったのに対し、国鉄と石油元売会社などが出資して設立した日本オイルターミナルが保有するものは青15号に塗られていました。
このように保有する会社によってあえて例外として車両の色を変えた例は、この石油輸送用のタンク車の他にもあったのでした。
■拠点間輸送の3セの一角 セメント輸送の共同貯蔵・配送を担ったセメントターミナル保有のタキ1900形
●セメント輸送の転機――淡緑3号のタキ1900形登場
鉄道貨物輸送に最適とされている物資別輸送は、いわゆる「3セ」と呼ばれています。石炭、石油、そしてセメントです。石炭は燃料の主役だった時代にもっとも多く輸送された物で、炭鉱で産出した後は石炭車に積み込んで、需要地に向けて発送されていました。特に炭鉱の多かった北海道と九州では、石炭車に山積みされた黒い石炭を載せて走る貨物列車が多く見られましたg、国のエネルギー政策の転換などで徐々に石炭の需要も減っていき、それとともに炭鉱も相次いで閉山していくと、石炭輸送も衰退していきました。
これに代わって登場したのが石油でした。そして、精油所でつくられたガソリンや軽油、灯油といった石油製品は全国各地に送られますが、やはり鉄道によって多くが運ばれて、人々の手元に届けられたのです。
そしてもう一つのセメントは、高度経済成長期に入る頃には需要が増えていきました。都心部ではコンクリートを使ったビルが建てられるようになり、住宅も木造建築からコンクリート建築に変わっていき、日本の発展にとってなくてはならない物となっていきました。
このコンクリートの原料となるのがセメントです。そのセメントも、コンクリートの需要が高くなると、当然ですが需要が高まり生産量も増えていきます。工場で製造されたセメントは、多くが自らの敷地内に専用の鉄道を敷き、そこにセメント専用のホッパ車やタンク車を引き込んで製品としてのセメントを積んで、各地にある自社のセメントサイロに送り出していました。
そのため、同じ形式の車両でも、保有者が異なるのは多くの私有貨車と同じでしたが、石油類と同様にその数は膨大で、運用する国鉄にとって負担になっていました。これに加えて、需要が増大していくことによって、セメントの増産はできても輸送手段に限界があるため、これに応えることが難しくなっていきました。セメント製造会社が保有する貨車には限りがあり、増産ができてもそれをサイロに送ることができません。
もちろん、輸送するための貨車を増備することも考えられるでしょう。しかし、貨車の数を増やすには、セメント製造会社がその費用を負担しなければりません。できたとしても、国鉄から承認を得なければなりませんが、それらを留置するための施設も追加する必要がありました。

四日市駅に停車する太平洋セメント所有のタキ1900形112169号。このように、一般の貨車は黒で塗装されている。タキ1900形は製造ロットなどによって、微妙に異なる部分があるので観察しても面白いものがある。(タキ112169 四日市駅 2014年8月1日 筆者撮影)
また、増産したセメントを輸送できたとしても、それを蓄えるサイロも増設する必要があります。どちらにしても、需要が増えているからといって、安易に貨車の増備やサイロの増設といった設備投資を増やしたところで、それはセメント製造会社にとって負担になり、将来に渡ってそのような状態が続くという保証がありませんでした。
国鉄の側にとっても、私有貨車であるセメント専用貨車が増えることは、あまりいいものではなかったと考えられます。私有貨車は車両を製造・保有する企業の専用車であり、ほかの用途に使うことはできません。積荷を送り先に届けた後は、速やかに空車返送として常備駅に戻さなければならないため、これが増えるということは列車の本数もそれだけ増やさなければならず、ダイヤ編成の上でも課題となるのでした。
そこで、国鉄は石油類の共同輸送と貯油を実現した日本オイルターミナル(OT)と同じシステムをセメントにも取り入れることにし、セメント製造会社とともに出資してセメントターミナル株式会社(CT)を設立したのです。
6.異色の存在――淡緑に染まったタキ1900形の使命
セメントターミナルは、日本オイルターミナルと同様に自ら専用の貨車を保有するとともに、セメントサイロを建設しました。そして、セメント製造工場に貨車を送り込み、そこから自社のサイロに輸送して貯蔵、需要に応じて出荷したのです。
このセメントターミナルが保有した、セメント専用のタンク車がタキ1900形でした。タキ1900形はセメント専用のタンク車としては数多く製造され、国鉄時代はもちろんのこと、分割民営化後も多数が運用された、タキ43000形に並ぶタンク車のベストセラーといえる形式でしょう。

同じ型式の車両でも、塗装が違うと印象も大きく変わる。セメントターミナルが保有していたタキ1900形は、貨車としては異例の淡緑3号を身にまとっていた。これだけ違う色で塗られていれば、操車を担当する職員にも識別がしやすかったのではないだろうか。(©Chabata_k, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)
そのため、様々なセメント製造会社がタキ1900形を保有していました。最近では、名古屋地区で運用していた太平洋セメントのものが著名と思われます。その源流となった住友セメント、小野田セメント、日本セメント、更には日立セメントや三菱鉱業セメント(後に三菱マテリアル)、秩父セメントなど挙げればきりがないほどの会社が保有していました。
これらの会社が保有するタキ1900形は、国鉄の規定に則ってすべて黒色に塗装されていました。保有する会社が違うことを識別するのは、車体に取り付けられた社紋と会社名プレートしかありません。
そうした中で、セメントターミナルが保有するタキ1900形は、黒色に塗装されていませんでした。代わりに淡緑3号で塗装され、非常に目立つ存在になりました。これは、石油類輸送用のタキ43000形などと同様の理由で、私有貨車ではあるもののその運用方法が異なるため、識別が容易になるようにこの色で塗装されていました。
この淡緑3号で塗装されたセメントターミナル保有のタキ1900形は、大量集約輸送という輸送形態から、自らが保有するサイロへセメントを輸送するために使われました。そのため、国鉄時代から操車場を経由しない拠点間輸送が原則で、セメント製造工場にメーカを問わず貨車を差し向けてセメントを積み込んでいたのです。
こうした私有貨車としては特異な運用をするため、セメントターミナル保有のタキ1900形は、セメント専用のタンク車の中では非常に目立つ、異色の存在の一つだったのです。
《次回へつづく》
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