《前回からのつづき》
川崎市から生活廃棄物などの輸送を打診されたJR貨物は、これを実現するためには様々な問題があると考えていました。
それまで鉄道で輸送していた貨物は、原材料や製品であり、それらは人手に渡るものでした。そのため、廃棄物=汚いものではなく、衛生的な配慮を必要とするものではありません。中には塩酸など劇物や毒物を輸送していましたが、それらはタンク車など特殊な構造をした貨車に積み込んで、二重、三重にも安全装備をもったものでした。
しかし、有害物質は含んでいないとはいえ、生活廃棄物は捨てられたものであり、輸送中にゴミが風に飛ばされて飛散したり、そこから出てくる悪臭を撒き散らす恐れがありました。万一、そのようなことが起きてしまうと、沿線の住民から苦情が殺到するのは明白でした。加えて、貨物列車を運行するのはJR貨物だとしても、列車が走る線路はJR東日本が保有しています。走行中にコンテナから飛散したゴミを本線上に撒き散らし、しかもそこから悪臭を放ってしまえば、施設の保守を担う職員の衛生上の問題や、何より彼らから苦情が上がり、JR東日本からも苦情を頂く羽目になります。
一方、川崎市にはJR貨物が懸念していた問題を解決する自信がありました。
川崎市は生活廃棄物などの処理に関して、全国でも有数の技術力をもっていました。
1951年にし尿収集用の専用自動車を開発して導入しています。それまで、汲み取り式便所(いわゆる「ボットン便所」に溜まったし尿は、職員が柄杓などを使って汲み取って収集していました。しかし、この方法では集収する職員がし尿に暴露することになり、万一赤痢などの病原菌があった場合、健康を損なう恐れがありました。これを解決するため、川崎市はバキュームカーと呼ばれるし尿収集車を開発し、全国に先駆けて導入しました。バキュームカーは吸い取り用のホースを肥溜めに差し込み、自動でタンクに送り込むという画期的なものでした。これであれば、職員はし尿に暴露しないで収集作業ができるので、衛生面での心配を軽減できました。このバキュームカーは衛生面や職員の負担を減らしたことが評価され、その後全国に普及していきました。
そしてもう一つ、ゴミ収集車も川崎市が初めて開発したものがありました。それまでは、集収を担当する職員がリヤカーやトラックの荷台にゴミをそのまま載せていましたが、やはり衛生面でかだいがあるとともに、職員の労力は大きいものでした。そして、ゴミが飛散したり悪臭を放ったりして、非常に問題がありました。
1955年に、川崎市はゴミ収集専用のスクリュードラム車を開発しました。トラックのシャシに乗せたタンク体の中にスクリューを内装し、タンク体の後部からゴミを投入すると、このスクリューが回転してゴミを圧縮して可能な限り多くのものを積み込むことができるというものでした。何より収集作業が自動化されて職員の負担を大幅に減らした他、走行中にゴミを飛散させたり悪臭を放ったりすることはありません。スクリュードラム車の中に入れられたゴミは、密封されたタンク体の中にあり、悪臭がこのタンクから漏れないような構造でした。これもまた、川崎市が全国に先駆けて導入し、後に全国に広がり導入されていきました。
こうした、ゴミの飛散や悪臭の対策を施した特殊車両を開発してきた歴史があり、その技術力をもった川崎市は、鉄道で輸送するときにも同じように徹底した対策を施したコンテナを開発することで、鉄道輸送を実現させようと考えていたのです。そして、開発されたのが焼却灰専用のUM11A形無蓋コンテナと、普通ゴミ専用のUM12A形無蓋コンテナでした。

生活廃棄物、すなわち家庭ゴミを貨物列車で運ぶという発想は、1990年代では貨物輸送の常識から大きく外れるものだった。原材料ならまだしも、捨てられたゴミをコンテナに載せて運ぶというのが、どうにも想像しづらいものがあったといえる。実際、筆者が鉄道マン時代にもそのような考えは微塵も出たことなく、運ぶものといえば原材料か、工場などで作られた製品(新品)、あるいは宅配便といった小口混載貨物というのが常識である、ともすると「固定観念」になっていた。しかし、排気ガスや二酸化炭素の排出量の削減、常態化する市内幹線道路の渋滞の解消、増加するゴミの量への対応、そして輸送にかかるコスト、特に専用の大型貨物車のなどの削減は喫緊の課題であり、これを解決できるのは鉄道による輸送であると川崎市は考えた。そこで、輸送中に積み込んだゴミなどの飛散や悪臭の放出、汚水の漏出に対応し防止可能な「蓋付き」の無害コンテナとしてUM11A型1000番台とUM12A形1000番台がつくられた。どちらも川崎市が保有するため、コンテナ体には川崎市のシンボルマーク(市章ではない)と環境局(当時)のマスコットキャラクターが描かれていた。JR貨物に在籍する私有コンテナとしては珍しい地方自治体が直接保有するもので、同時に静脈物流という新たな輸送分野の先駆けにもなった。(©Gazouya-japan, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)
この二つの無蓋コンテナは、積載する貨物が廃棄物であるため、様々な工夫が凝らされていました。
UM11A形、UM12A形ともに、無蓋コンテナであるにもかかわらず「蓋」が取り付けられています。これは、焼却灰や廃棄物が走行中に風で飛ばされたり、そこから発生する臭気を防ぐために取り付けられています。積み下ろしの時にはこの蓋を開き、積み込みが終わるとこれを閉めて貨車に積載しています。
同じ廃棄物専用のコンテナで、形式からも分かるとおり「蓋がない」無蓋コンテナに分類されていますが、こうした積み込む貨物の性質から開閉可能な蓋が取り付けられているのです。そして、形式名は無蓋コンテナの場合床面積の広さで決められますが、UM11A形とUM12A形では、その差は1平方メートルもありました。これは、前者が焼却灰という細かいものを運ぶため、密閉構造を厳重にしたことによるもので、その分だけ面積を狭めてしまいました。一方、UM12A形は一般の生活廃棄物をそのまま輸送するため、飛散よりも臭気の拡散を防止することに重点を置いていました。
この二つのコンテナは、外観も大きく異なりました。UM11A形は焼却処理をした灰を運ぶため高さが低くなっているのに対して、生活廃棄物をそのまま積み込むことを前提としたUM12A形は、一般のドライコンテナ並みの高さがありました。この違いは焼却灰は圧縮することで体積を小さくできるのに対し、廃棄物は圧縮することが難しく、できたとしても生ゴミなどから汚水が出てコンテナを傷めるだけでなく、そこから漏れ出て走行中にまき散らす恐れがあることから、圧縮などをせずに載せるためドライコンテナ並みの容積になったのです。
《次回へつづく》
あわせてお読みいただきたい