旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

峠に挑んだ電機たち 第3章 今も残る補機運用 川の水を分かつ安芸国の隘路・瀬野八【14】

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《前回からのつづき》

 

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 広島機関区から広島車両所に配置が換わったあとも、EF67形には大きな変化はありませんでした。しかし、2002年になると国鉄時代から行われてきた走行中に連結器を解放して切り離す「走行解放」が廃止されました。このことで、それまでは走行解放をする列車には0番台を、それ以外は100番台を充てる運用だったのが、区別する必要もなくなり効率的な運用を可能にしました。

 その直後には、100番台の更新工事が始められました。この工事を施工したことによって、種車の製造から30年以上経った老体をリフレッシュさせました。同時に、後部標識灯は従来の白熱電球から角形のLED灯に変えられ、塗装も朱色と前面の窓周り、側面の明かり取り窓の周囲を黒色に塗られ、乗務員用扉は直流機を表すクリーム色に装いを改めたのでした。

 しかし、2010年代に入ると新製から40年が経ち、さすがに老朽化も否めないものになっていきました。後継となるEF210形300番台が2013年に投入されると、EF60形を改造した0番台が置き換えの対象になり、その年の3月に最初に製作された1号機に先んじて2号機が廃車となりました。そして、EF210形300番台の運用が軌道に乗ると、翌2014年には3号機も廃車となり、残るは1号機だけになってしまいました。その1号機も、その年の5月には運用から離れましたが、幸運にも廃車手続はとられることはなく、保留車として広島車両所に保管されることになりました。

 

1990年に登場して以来、長きにわたってEF67形100番台は瀬野八越えの頼もしい補機として、多くの貨物列車を押し続けてきた。2003年に更新工事を施して延命を図るも、その過酷な運用から年を追うごとに老朽化が進むとともに、半導体技術の急速な発展は交換用の部品の製造を終わらせることにもなり、修繕を難しくしていた。種車となったEF65形簿4次車が1968年、5次車が1969年に製造されていることから、既に40年以上も走り続けてきたこともあり、2010年代に入ると後継機が模索されるようになった。(出典:写真AC)

 

 兄貴分にあたる0番台が退き、姿を消していった後も100番台は引き続き瀬野八での運用が続けられました。とはいえ、それだからといっていつまでも安泰というわけでなく、廃車の運命を辿るのはそう長い先の話ではありませんでした。

 2015年にそれまで共通運用を組んでいたEF210形300番台と運用を分離されると、EF67形の仕業は4仕業に減り、さらに2017年にはその半分となる2仕業にまで減らされました。また2015年には、残った100番台5両のうち特に状態が悪かった103号機と104号機の2両が運用を離脱、種車の新製から47年の歴史に幕を下ろします。そして、2016年に105号機が全般検査を施行されますが、これをもってEF67形の全検はすべて終了となり、その運命を決定的にしました。

 残った101号機と102号機、そして105号機は最後の奉公を続けましたが、2020年までに101号機と102号機は運用を離脱し、最後まで残った105号機も2022年に運用を離れ、1970年にEF65 135号機として産声を上げてから、実に52年という鉄道車両としては長寿を全うしたといえるでしょう。その後、105号機は廃車手続きこそとられたものの、1号機ともども広島所で保存されています。国鉄の三大難所の一つとされた瀬野八において、日本の物流を支え続けた歴史を今も静かに語り続けているといえます。

 ところで、EF67形の後継として増備されたEF210形300番台は、当初は瀬野八専用機と目されていたといえます。しかし、新製当初こそ歴代の瀬野八専用補機と同じく広島車両所に配置され、運用もEF67形とほぼ同じでしたが、2013年に吹田機関区へ貸し出した後に正式に配置転換となり、広島所はEF67形の全廃によって車両配置がなくなりました。

 

EF67形が瀬野八越えの補機専用機として製作され、種車の製造から40年以上も経ったこともあり、後継となる新型機の登場が待ち望まれた。しかし、補機専用機は運用が非常に限られてしまうことから、1両あたりの運用コストを高くすることや、その車両だけの補修用部品を確保したり、検修に携わる職員にその知識や技術を訓練しなければならなかったりなど、民間企業としては看過できないものがあった。そのため、瀬野八程度の勾配区間であれば、碓氷峠板谷峠のような特殊な装備を必用としないため、汎用機でこの穴を埋める方針に転換した。JR貨物が製造を続けるEF210形は、EF65形とEF66形の老朽取替用として増備されていたが、これに大型のシリコン油を充填した緩衝器を取り付けて後補機としても使うことが可能な300番台で対応することにした。2013年にEF210形300番台が広島車に配置され瀬野八越えの運用に投入されたが、程なくして吹田機関区へは移転し、他の300番台と共通の運用を組んで車両の効率化を図った。このことによる、補機専用機というカテゴリーは消滅した。(EF210-315〔吹〕 新鶴見信号場 2021年7月26日 筆者撮影)

 

 そして、EF210形300番台は100番台に代わって量産が続けられ、吹田区だけでなく新鶴見機関区にも配置となり、老朽化が進むEF65形やEF66形、そして当時の最新技術を惜しみなく投じたものの、過剰ともいえる性能と少数の生産に留まったため交換用部品の入手が危ぶまれていたEF200形を置き換えていき、2025年3月現在では69両という大所帯に成長し、73両が新製された100番台に迫る勢力になりました。そして、300番台の汎用化によって、国鉄時代から脈々と受け継がれてきた瀬野八専用補機が、というよりは急勾配を通過する列車の補助としての役割を担った補機専用機というカテゴリーの電機が消滅したのでした。

 

 

 もっとも、効率的な経営とは無縁ともいえた国鉄時代ならともかく、民営化によって利益を上げなければならない企業となったJR貨物としては、たった10km強という僅かな距離のために、専用の車両を用意するのは経営的に非常に効率の悪いことです。JR貨物の直流電機として標準形式ともいえるEF210形に補機としても使える機能を追加し、汎用的に運用したほうがより効率的であると考えたのは当然ともいえるでしょう。

 

《次回へつづく》

 

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