旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【5】

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5:急行「銀河」1953–1959:二等級制移行と10系客車が変えた戦後夜行急行の転換期

《前回からのつづき》

 

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 この間、国鉄の運賃制度が大きく改められました。従来は一等・二等・三等の三等級制でしたが、ここでこれまでの一等車という区分がなくなり、従来の二等が一等に、三等が二等となる二等級制に移行しました。この二等級制が施行されたことにより、車両の形式称号にも改正され、従来の一等車を表す「イ」は廃止、二等車を表していた「ロ」が一等車に、三等車の「ハ」は二等車を表す記号に変えられました。

  1955年になると、「銀河」には新たな車両が投入されました。従来の概念や常識を打ち破り、国鉄の車両史の中で大きな変革をもたらし、後に開発されていく多くの車両に影響を与えた軽量客車である10系が登場すると、さっそく「銀河」にも組み込まれました。スハ43形のうち2両程度がナハ10形に組み替えられ、僅かながらも列車重量を軽減することに貢献しました。

 

▲1955年には二等座席車にナハ10形が連結されていたようで、最新鋭の車両がまたも急行「銀河」に投入された。等級制の制度変更によって、一等寝台車であったマイネ40・マイネ41形は、一等寝台車のままであったが形式名をマロネに改めている。しかし、元から二等寝台車であるスロネ30形とは、車内設備の面で大きな差があった。

 

 しかし、ここでも「銀河」の編成は落ち着くことはありませんでした。翌1956年になると、今度はナハ10形から再びスハ43形に戻され、ツーリスト式の一等寝台車であるマロネ29形を外し、代わりに初の旧三等に相当する二等寝台車となるナハネ10形を連結しました。これで、寝台車は一等だけでなく二等の乗客も利用することができるようになり、幅広い客層にとって使いやすい列車へと進化したのです。

 

▲翌1956年には、一等寝台車を減車して新たに二等寝台車のナハネ10形を連結した。これによって、下等となる「ハネ」が連結されたことにより、一般庶民にも寝台車の利用が可能になったと言える。

 

 この安価な乗車券で乗ることのできる二等寝台車は好評で、1959年には3両まで増結されました。この好評からさらに増結したくてもナハネ10形の製造が追いつかず、やむなく国鉄は戦前製のオハ34形を寝台車に復元改造し、二等寝台車として運用することで需要に応えることにし、「銀河」にもナハネ10形とともに連結されるようになりました。

 

国鉄初の軽量客車である10系は、それまでの客車の常識を変える構造をもって自重の大幅な軽量化を実現した。そのことにより、列車重量を大幅に軽くすることになるとともに、近代的な外観を備えたものになった。「銀河」にもさっそく充てられたことは、スハ43系と同じく破格の措置だったといえる。(©By Hanabi123 - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3821768

 

《次回へつづく》

 

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