8:高度成長期の夜行列車改革:等級制廃止と万博輸送が急行「銀河」をどう変えたか
《前回からのつづき》
車両の面でも大幅に変化がありました。
「銀河1号」「銀河2号」ともに二等寝台車がすべて10系客車に置き換えられるとともに、従来はオハネ17形といった非冷房車であったのを、スハネ16形と緩急車としてオハネフ12形が充てられ、寝台車はすべて冷房を装備することで接客サービスのレベルを向上させました。しかし、二等座席車は従前のまま連結されていましたが、こちらはスハ44形とスハフ43形が充てられ、急行用の固定式ボックスシートではなく、転換式クロスシートを設置したことで、ある程度の高い居住性を確保していました。

スハ43系に属するが、特急用として乗降用扉1か所、窓配置も小型のものがずらりと並ぶスハ44形と緩急車であるスハフ43形がつくられた。これらの車両は一般のボックスシートではなく、すべての座席が進行方向に固定された2人掛けクロスシートを設置した設備を備えていた。この構造のため、方向転換はデルタ線を使って編成ごと変える方法に依らなければならないという手間であったが、最後尾には展望車が連結されていることなどから、手まであっても「特急」という列車にふさわしい編成を組む法が重要だった。しかし、20系の登場などによって従来の形式の車両が特急運用から外されていくと、デルタ線を使った方転作業の煩雑さと不経済性が問題となり、急行へ転用する際には転換クロスシートに換えられている。急行「銀河」にもスハ44形とスハフ43形が連結され、かつては特急用として栄華を誇った客車は、伝統ある「銀河」に使われ栄えある運用を手にし続けたといえる。(スハフ43 2 新金谷駅 2016年4月29日 筆者撮影)
1970年になると、日本で初めての万国博覧会が大阪で開催されました(大阪万博)。国鉄もこの万博を訪れる多くの人を輸送することになり、同時にまたとない増収のチャンスでもありました。それとともに、多くの臨時列車などを運転するなどして、これに対応することになります。
1969年に運賃制度が改正され、等級制が廃止になってモノクラス制に移行したことにより、一等寝台車や二等座席車といった呼称はなくなり、一等寝台車はA寝台へ、二等寝台はB寝台と改められました。これによって、乗客が購入する乗車券類は、運賃はすべて単一の設定となり、代わりに寝台券はA寝台とB寝台、それぞれ異なる料金設定となったため、乗車する車両にあわせた料金を支払うようになりました。

▲等級制時代(1968年)とモノクラス制移行(1969年)後の東京ー大阪間の運賃及び料金の比較。モノクラス制に移行したことにより、運賃自体は一本化されたが、二等の乗客にとっては値上げであった。一方で急行料金は距離などの制度見直しによって100円の値下げではあったが、寝台料金は従来の二等寝台料金が500円にも満たない安価な設定だったのが、モノクラス制移行によって大幅に変えられることになる。二等寝台はB寝台と呼称が変わり、料金制度も変更したことで上段・中段は1100円、下段は1200円と大幅な値上げになった。その結果、東京ー大阪間では1000円近くの値上げとなり、利用者には大きな負担を強いることになる。この後、国鉄は運賃や料金は値上げすれど、提供する列車の設備は相変わらずのもので、大幅な刷新による旅客サービスの向上とは縁遠いものになっていった。
かつての「明星」だった101レ・102レの「銀河1号」は、スハ44形とスハフ43形の連結を取り止め、すべて寝台車で組成されるようになります。プルマン式開放寝台を備えたA寝台車はオロネ10形を2両、あとはすべてオハネフ12形やオハネ12形、スハネ16形といったB寝台車が連結され、名実ともに寝台急行となりました。
これらの車両は、急行列車の特急格上げや、夜行列車そのものが減便ないし廃止いよって余剰車となったことから、新幹線の開業などの後もこれを補完し、深夜を走り続ける夜行急行である「銀河」に活用するために配置転換とともに、編成に組み込むことができるようになったえます。その突き出しで、オハフ16形などの不足した穴を埋めてきたスハネ30形はその役目を終えて、運用から離れていったこといえるでしょうた。
その一方で、「銀河2号」はスハ44形とスハフ43形が連結されたままでした。かつては二等座席車と呼ばれていましたが、モノクラス制に移行したことにより普通車と呼ばれるようになったため、乗客は運賃と急行券、座席指定がされれば指定席券を購入するだけになりました。
万博輸送体制は、「銀河」にも影響を及ぼします。
定期列車として「銀河1号」「銀河2号」に2往復体制でしたが、万博客が多く利用することが見込まれたことから、これに対応する季節列車「銀河71号」(6103レ・6104レ)と、臨時列車である「銀河51号」(8117レ・8118レ)が設定されました。加えて上り列車には「エキスポこだま」(8116レ)という臨時列車も設定され、東京ー大阪間の夜行急行は4.5往復体制に増加します。「エキスポこだま」はその名の通り、万博輸送に特化した列車で、大阪万博が終幕すると設定がなくなりましたが、「銀河51号」と「銀河71号」を季節列車に替えた「銀河52号」は翌1971年も存続しました。
そして1975年、「銀河」だけでなく、国鉄の在来線を走る大久の列車に大きな影響を与えたできごとが起こりました。
《次回へつづく》
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