旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄形車両

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 「魔改造?」出自が変わり種で国鉄最初で最後の1M方式旅客電車・123系【8】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info クモハ123形の走行に必要な機器は、種車のクモニ143形のものを活用しました。 主制御器は電動カム軸式のCS44形で、この制御器は力行時に直列11段、並列13段、弱め界磁4段の計28段、発電ブレーキ20段の回路…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 「魔改造?」出自が変わり種で国鉄最初で最後の1M方式旅客電車・123系【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 長らく続けられてきた、鉄道による郵便・荷物輸送は、1980年代に入ると合理化の対象になっていきました。手小荷物輸送は、1970年代終わり頃に始まった宅配便に押されてしまい、輸送量は減少の一途を辿って…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 「魔改造?」出自が変わり種で国鉄最初で最後の1M方式旅客電車・123系【7】

《前回からのつづき》 長らく中央本線は塩尻峠を避けて南に遠回りするルートを走ってきましたが、辰野回りのルートは川沿いを走るためカーブも多く、列車は速度の制限を受けながら走らざるを得ませんでした。 しかし、線形が悪く速度制限が多くあるというこ…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 「魔改造?」出自が変わり種で国鉄最初で最後の1M方式旅客電車・123系【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1980年代に入ると、これまで何度もお話してきたように、国鉄が抱える巨額の債務が社会問題となっていきました。国家予算に近い巨額な債務は、文字通り国鉄の財政事情は火の車となっていて、これを解消する…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 「魔改造?」出自が変わり種で国鉄最初で最後の1M方式旅客電車・123系【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 国鉄は、自らが所有する荷物車や郵便荷物車は、新性能電車の登場で余剰化した72系を改造することで賄いました。旧性能電車であれば、もともとが1Mシステムであるので、用途に合った車体に載せ替え設備を整…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 「魔改造?」出自が変わり種で国鉄最初で最後の1M方式旅客電車・123系【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 旧形国電時代のように、電動車1両単位でも運用できる新性能電車、いわゆる1M電車は、国鉄時代は長らくつくられることはありませんでした。 その理由として、1M電車を運用する線区が限られていたことです。…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 「魔改造?」出自が変わり種で国鉄最初で最後の1M方式旅客電車・123系【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 新性能化されるより前の浜川崎支線では、17級旧形国電のクモハ11形+クハ16形の2両編成が充てられていました。旧形国電は電動車1両で運用ができるので、Mc+Tcの1M1T、MT比は1:1だったため、ある意味では…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 「魔改造?」出自が変わり種で国鉄最初で最後の1M方式旅客電車・123系【1】

国鉄形の電車というと、どのような車両を思い浮かべるでしょうか。 最近まで活躍していた特急形の381系や185系もあれば、今なお走り続けている近郊形の113系や115系も挙げる方もいることでしょう。いずれも国鉄が設計した車両らしく、電装品をはじめ車体に至…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 私鉄車両に迫ったアルミ車体とチョッパ制御車・203系【13】

203系は国鉄の苦境の中で生まれ、民営化の波を越えてJR東日本に継承された“置き土産”だった。電機子チョッパ制御とアルミ車体という新機軸を導入し、営団の要請に応えた技術者たちの誇り。2011年、最後のマト55編成が退き、29年の歴史に幕を下ろす。交換部品…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 私鉄車両に迫ったアルミ車体とチョッパ制御車・203系【10】

203系は、快適性と省エネ性能を両立した通勤形電車として誕生。暖色系の内装、冷房装置AU75G形、そして乗客に優しい座席配置――すべては“新しい国鉄”を印象づけるためだった。しかし、財政難の国鉄にとって高価なチョッパ制御とアルミ車体は重荷となり、1985…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 私鉄車両に迫ったアルミ車体とチョッパ制御車・203系【7】

地下鉄の過酷な環境に挑むため、国鉄は203系を開発。高回転・高出力のMT60形主電動機とCH1A形チョッパ制御装置を搭載し、加速性能を重視した歯車比で地下鉄仕様に最適化。回生ブレーキの強化、軽量台車の工夫、そしてアルミ車体による軽量化――203系は、技術…

国鉄の置き土産~新会社に遺していった最後の国鉄形~ 私鉄車両に迫ったアルミ車体とチョッパ制御車・203系【2】

戦後の首都圏では通勤混雑が深刻化し、国鉄は「通勤五方面作戦」で抜本的な輸送力強化に挑んだ。吊り掛け駆動の旧型車両から新性能電車への転換、複々線化や地下新線の建設により、中央・総武・常磐線などで快速と各停を分離。千代田線の開業も含め、通勤地…

国鉄の置き土産〜新会社へ遺産として遺した最後の国鉄形〜 極限までコストを抑えつつローカル輸送に特化した改造近郊形電車 413系・717系電車【6】

《前回からのつづき》 JR九州が発足した後、継続して改造製作されたHk205編成以降は、僅かに仕様が変えられました。戸袋窓を廃止し、室内の座席もクロスシートを減少させてロングシートを多くしました。保守の簡略化と客室の収容人数を増加させることで、運…

国鉄の置き土産〜新会社へ遺産として遺した最後の国鉄形〜 極限までコストを抑えつつローカル輸送に特化した改造近郊形電車 413系・717系電車【5】

国鉄末期の財政難の中、地域輸送を支えるために生まれた413系・717系電車。これらの電車は、余剰となった急行形電車を改造し、新製コストを抑えつつも、地域の実情に合わせた輸送力を持つ車両として設計されました。413系は北陸本線で、717系は東北本線と九…

国鉄の置き土産〜新会社へ遺産として遺した最後の国鉄形〜 極限までコストを抑えつつローカル輸送に特化した改造近郊形電車 413系・717系電車【4】

国鉄末期の財政難の中、地域輸送を支えるために生まれた413系・717系電車。これらの電車は、余剰となった急行形電車を改造し、新製コストを抑えつつも、地域の実情に合わせた輸送力を持つ車両として設計されました。413系は北陸本線で、717系は東北本線と九…

国鉄の置き土産〜新会社へ遺産として遺した最後の国鉄形〜 極限までコストを抑えつつローカル輸送に特化した改造近郊形電車 413系・717系電車【3】

国鉄末期の財政難の中、地域輸送を支えるために生まれた413系・717系電車。これらの電車は、余剰となった急行形電車を改造し、新製コストを抑えつつも、地域の実情に合わせた輸送力を持つ車両として設計されました。413系は北陸本線で、717系は東北本線と九…

国鉄の置き土産〜新会社へ遺産として遺した最後の国鉄形〜 極限までコストを抑えつつローカル輸送に特化した改造近郊形電車 413系・717系電車【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 413・717系は台車も種車のものを再利用しています。インダイレクトマウント空気ばね台車のDT32/TR69系を装着し、近郊形電車のほとんどが金属コイルばねを使ったDT21/TR62系を装着していたので、種車のも…

国鉄の置き土産〜新会社へ遺産として遺した最後の国鉄形〜 極限までコストを抑えつつローカル輸送に特化した改造近郊形電車 413系・717系電車【1】

国鉄末期の財政難の中、地域輸送を支えるために生まれた413系・717系電車。これらの電車は、余剰となった急行形電車を改造し、新製コストを抑えつつも、地域の実情に合わせた輸送力を持つ車両として設計されました。413系は北陸本線で、717系は東北本線と九…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【24】《最終回》

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1986年になると、翌年に控えた国鉄の分割民営化を前に、横川機関区は横川運転区へと改組・改称されます。これは、機関区の名称は貨物会社が使うことになったためで、旅客会社は機関車配置の区所も運転区や…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【23】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 協調運転も含めて、EF63形には数々のジャンパ連結器が設置されていました。これは、碓氷峠区間を通過するすべての車両に対応できるようにしたためで、1エンド側・軽井沢方の前面スカート部には、EF62形と…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【22】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF63形は常に碓氷峠区間で補機専用として運用することが前提でした。そのため、ここを通過するすべての列車は、EF63形の力を借りなければなりません。言い換えれば、EF63形の連結なしでは通過することが許…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【21】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF63形は急勾配区間だけで運用することを前提としていた特殊な専用機であるため、特にブレーキ装置にはこの形式でしかないものを装備していました。常用ブレーキにはEL14AS形自動空気ブレーキを装備してい…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【20】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 前面窓上には前部標識灯となるシールドビーム灯をそれぞれ1個ずつ設置し、後部標識灯も左右1個ずつ前面腰部に設置していました。試作機と1次車、2次車では内ばめ式の、3次車では外ばめ式の標識灯が採用さ…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【19】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ◆碓氷峠最後の補機 特殊装備を満載したEF63形 信越本線の碓氷峠区間を、従来のラック式運転の時代から、特殊な装備を持った補助機関車が不可欠でした。特に登坂時には補機による強力なトルクを、降坂時に…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【18】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 東海道本線・山陽本線でのEF62形の活躍は、3年ほどで幕を下ろすことになります。1986年に実施された国鉄最後のダイヤ改正で、荷物列車そのものが全廃になってしまったのでした。これによって、下関配置のE…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【17】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF62形は信越本線の客車列車や貨物列車の本務機として運用することが前提とした電機で、特に客車列車は冬季の暖房用熱源を機関車から供給する必要がりました。EF62形が登場した1962年は、本州で運用されて…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【10】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1986年に製造されたキハ54形は、JR北海道とJR四国にとって貴重な戦力として走り続けています。新製以来、すでに39年という長い年月が経っていますが、軽量ステンレス車体は冬季の厳しい気候や、海沿いを走…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【9】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 2003年になると、主要機器の更新工事が施工されました。もともとキハ54形は車体やエンジンを除いて、多くの機器を廃車となった車両から発生したものを再利用していました。国鉄末期にすでに破綻した状態の…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【8】

《前回からのつづき》 北海道向けに製造された500番台は、四国の配置された0番代と異なりました。0番代が松山運転所に集中配置されたのに対し、500番台は旭川、苗穂、函館、釧路の4つの区所に分散配置されたのです。これは、北海道が四国と比べて広大であり…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【7】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1986年から1987年、すなわち国鉄の最末期に、キハ54形は0番台12両と500番台29両、合計で41両が製造されました。JR北海道とJR四国が国鉄から継承した気動車の数からすると、かなりの小所帯(キハ40系:JR北…