旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【14】

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《前回からのつづき》

 

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◆粘着式運転の本務機 異例のC-C軸配置となったEF62形

 国鉄最大の難所である碓氷峠区間は、開業以来、長らくラック式運転によって急勾配を登降坂してきました。そして、普通レールの間にはラックレールを敷き、ここで運用される機関車も、歯車(ピニオン)台車を装備した特殊な構造をもった車両が運用されてきました。

 しかし、ラック式鉄道はレールの他にラックレールを必要とするため、線路保守にかかる手間とコストは一般の線区に比べて高くなり、ここを保守管理する保線区職員も、これを維持するための知識と技術が要求されました。また、機関車も特殊な構造であるため、乗務する機関士や機関助士、検修に携わる車両掛や検査掛といった車両技術職員、さらに運用管理をする職員に至るまで、ラック式機関車の構造や特性、運転操作の技術などを習得しなければならず、検修に至っては修繕に必要な交換部品などを調達しなければならないなど、多くの手間がかかっていました。

 加えてラック式鉄道であるがゆえに、運転速度も低く抑えられていたため、所要時間も長くなっていました。蒸機による時代は1時間以上かかっていたのを、電機に置き換えたことによりこれを40分強にまで短縮させましたが、やはり、速度制限のためにこれ以上のスピードアップと所要時間の短縮は難しいのでした。

 第二次世界大戦が終わり、経済成長期に入る頃には鉄道の輸送量も右肩上がりに増加し続け、首都圏と信越・北陸地域を結ぶ信越本線の輸送量も増えていましたが、碓氷峠区間ボトルネックとして立ちはだかり、本務機にED42形1両と、補機にもED42形3両の列車でも、最大で360トン(換算36両)という制限が設けられていました。

 この牽引定数は、現在の車両で計算をすると、例えばコンテナ貨車であればコキ100系の場合、コンテナを満載した状態で1両あたり積車5.0両なので、7両=換算35.0両が限界になります。また、標準的だった二軸有蓋貨車のワラ1形の場合は、満載状態で積車2.0両なので、最大でも18両編成=換算36.0両と、列車1本で運べる限界が少ないことがわかるでしょう。

 さらに、貨物輸送だけで*1なく旅客輸送でも速達化が求められていました。特急「白鳥」はキハ82系で、急行列車はキハ57系で運転されていましたが、やはり連結できる両数に制限があったため、押し寄せる人々を捌くのには限界があったのでした。

 こうして、碓氷峠区間はラック式(アプト式)から粘着式に切り替えられることになり、1961年から増線工事が始められて2年ほどの工期を経て、1963年に竣工すると各種の試験を実施した後、粘着式運転が開始されたのでした。

 粘着式に切り替えるとなると、それまで碓氷峠区間シェルパとしてすべての列車の補機運用の任に就いていたED42形は、ラック式運転の特殊な構造であることや、すでに老朽化が進んていたこともあって、国鉄はその用途を廃止することに決めました。代わりに、粘着式運転に適した新型電機を開発し、これを碓氷峠区間に充てることにしたのでした。

 

 

 1962年に試作車が製作された新型電機であるEF62形は、碓氷峠区間用に直通する列車の本務機として、急勾配に対応した特殊な設計がなされた車両でした。最大66.7パーミルという急勾配を擁する碓氷峠越えでは、補機となるEF63形と協調運転をすることを前提とし、同時にその前後となる高崎線信越本線で本務機としても運用が可能な性能を備えていました。

 EF62形は主電動機に国鉄電機の標準機器ともいえるMT52形を6基装備し、1基あたりの出力は425kW、機関車1時間定格出力は2550kWとED42形と比べて、大幅に出力が強化されました。そして、この主電動機からの動力は、減速ギアを介した1段減速歯車吊り掛け駆動式とし、EF62形以前に開発生産されたEF60形やEF61形量産機と同じ構造でした。

 歯車比は1:4.44に設定されました。これは、補機となるEF63形と同じ設定ですが、旅客用のEF61形が1:5.13と比べると低速よりの設定で、貨物用であるEF60形と同じ歯車比でした。これは、碓氷峠の登坂時には強力なトルク力が必要なことと、信越本線碓氷峠区間を除いて2級線の構造であったことから、高速運転をする必要がないこと、信越本線自体が勾配線区でありこれに対応できる走行性能が求められたこと、そして、EF62形は客車列車だけでなく貨物列車の運用に充てられることから、このような低速よりの歯車比設定となったといえます。

 設計上の最高運転速度は100km/hと高速性能をもっていたと考えられがちですが、実際にはEF60形と同じ歯車比の低速機であり、実際の定格速度は全界磁で39km/h、弱め界磁でようやく63km/hの性能だったことからも、貨物用並の走行性能だったことがわかります。後で詳しく述べるところですが、後年、この走行性能をもったEF62形が、東海道山陽本線の荷物列車用に転用されたときには、無理な運用がたたって故障する機が続発する原因になったのでした。

 制御方式は抵抗制御で、主制御器には自動進段電動カム軸式のCS16形を装備し、さらにバーニア制御器にCS17形も搭載していました。直流電機の主制御器に電動カム軸式を本格的に採用したのは、このEF62形が国鉄で初めてとなりました。これ以前にも、特に国鉄電機の黎明期だった時代に、外国、特にイギリスから輸入されたいわゆる「デッカー機」*2にも電動カム軸式制御器が採用されていましたが、未だ発展途上の技術だったこともあって故障が頻発してしまったことから、より構造が簡単で信頼性が高い実績を持った単位スイッチ方式が主流になっていました。

 

《次回へつづく》

 

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*1:2024年現在、在来線で最長の列車は1200トン高速貨物列車で、コキ車24両で組成されているので、換算は120,0両となる。

*2:

イギリスのイングリッシュ・エレクトロニクス社製の電気機関車の総称ともいえる。同社のデッカー工場で製造されたことから、この俗称がついた。デッカー機はEF50形やED17形などがこれにあたり、私鉄でも東武鉄道ED10形などが導入されている。