旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

コラム:コンテナに刻まれた記憶:JR貨物とJRFマークの30年【後編】

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《前回からのつづき》

 

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3.コンテナは“走る広告”へ

 分割民営化により設立されたJR貨物は、国鉄の貨物輸送を引き継いだ鉄道事業者でした。赤字を生み続け、荷主からも世間からも「いつかは潰れる」とまでさえ言われた会社でしたが、それをなんとか跳ね除け生き存えようとできうる限りの努力をし、その一つとして一番の商品であるコンテナの改良とイメージを一新するデザインを採用しました。

 筆者が入社した頃は、コンテナの量産は18D形とV18C形に移っていて、デザインも初期の頃に比べて若干改良されていました。18D形は斜めストライプを基本にしつつ、コンテナ下部で横方向に伸びるようにし、そのラインは太線と細線を組み合わせたものでした。

 

分割民営化後、JR貨物は容積18立方メートルのコンテナを次々に開発して、顧客のニーズに応えようとした。その中で、生鮮品などを輸送するのに適した通風コンテナも製作され、通常のドライコンテナとともに運用された。V18C形は18D形とほぼ同じ時期に増備されたものだが、外装は少し手の込んだ物になり、弧を描くクリーム色のラインは太いものと細いものを組み合わせた、よりスタイリッシュなデザインになった、同時にロゴマークもJRマークだけでなく、そのしたに「JR貨物」と入ることでフル仕様(?)のロゴマークになった。(©)

 

 V18C形も18D形と同じく太線と細線を組み合わせたものでしたが、通風コンテナをイメージさせる曲線を使ったデザインにしました。そして、初期のコンテナではJRマークのみが描かれていたものを、マークの下に「JR貨物」のロゴをいれることで、JRグループのロゴ形式に合わせたマーキングが施されたのです。

 まあ、これでJR貨物という会社をさらに一般に知らせる「広告」としての役割を担うコンテナでしたが、老朽置換えが進められるにつれて、黄緑6号で塗られたC20形やC21形はもちろん、内張りがなくて荷主から評判の悪かったC35形といった国鉄から引き継いだコンテナの内、状態の悪いものが姿を消していくとともに、新しいデザインのコンテナがじわじわと増えていったのでした。

 筆者もそんなコンテナを積んだ列車を見送るたびに、いつの日か新しいデザインのコンテナでいっぱいになり、コンテナホームにもそうしたものが当たり前になると考えたものでした。

 

4.JRFマーク誕生と現場の違和感

ところが、1992年になって容積をさらに拡大させた19A形の完成とともに、JR貨物は従来のJRマークではなく、新たなマークを制定してこれを大々的使うことにしました。「JRFマーク」と呼ばれるこの意匠は、会社が言うところの「サービスマーク」として、多くの顧客によりもっと知ってもらい、コンテナを利用してもらいたい云々と説明していました。

 そんなサービスマークとか何とかいう、この「JRF」を見た筆者の率直な感想は、

 

「なんだこりゃ?」

 

 そう思ったのを、今でも明確に覚えています。

 

内容積を19立方メートルに拡大した19A形コンテナは、筆者が在籍中に開発され増備が進められた。この19A形から外装デザインは一新され、従来の青22号(コンテナブルー)からフロンティアレッド(コンテナレッド、JRFレッドとも)に変わり、同時にJRロゴから新たにサービスマークとして制定されたJRFマークを大きく描くことになった。19A形から採用されたこの塗装とマークは、当初はコンテナ下半分を黒で塗装したツートンカラーだったが、塗装工程を削減して製造コストを抑えるために、後にフロンティアレッド1色に変わった。社内報でこのデザインを見たとき、思わず目を丸くしながら仰け反ったことを思い出す。(©)

 

 マークのデザイン云々よりも、コンテナにデカデカと描かれているのが、どうにも筆者の中に落ちてこなかったのです。加えて、コンテナの色もワインレッドと黒のツートンカラー(後に塗装工程を簡略にするため、黒は省略してワインレッド一色に変わりました)は、なんとも言えぬ違和感をもったのでした。

 そして、このサービスマークとやらを制定したときの説明も、どうにも落ちてこなかったのでした。当時は国鉄から引き継いだ様々な設備などが消耗し、修繕を必要としていました。大きなものでは機関車に電源を送り込むトロリー線の摩耗が激しく、交換工事を必要としていたのですが、なかなか予算をつけてくれない状態が続いていたのでした。

 

JRマークに代わって制定されたJRFマークは、コンテナだけでなく機関車にも描かれるようになった。EF210形などマーク制定後に増備された車両はもちろん、国鉄から継承した車両で、更新工事を施工して塗装を変えたものにも「デカデカ」と描かれた姿は、見る人によって評価が別れたことだろう。

 

 そんな、いつ切れてもおかしくないトロリー線を抱えた中で、このマークの説明を聞かされてても、「は、それで?」という言葉しか出てこなかったのです。それどころか、デザイナーに依頼してまでこのマークを作る意味はあるのか、そもそもその費用を出せるくらいなら、修繕工事の1つでも予算を回してくれとさえ思ったものです。

 まあ、会社の上は上としての考えがあったとは思いますが、現場には現場の切実な事情もあったのでした。とはいえ、一度決めたら止まることも後戻りすることもしないのが、お役所仕事の素晴らしいところで、実のところこの当時は国鉄時代のそんな風習が残っていたのです。

 結果的に、このサービスマークはコンテナだけでなく、機関車にも駅の看板にも描くことで、会社としてのブランディングだったのです。もっとも、このブランドを荷主や一般が意識するほど浸透していたかというと、退職して離れたい位置から見ていた筆者の目に、

 

JR貨物JR貨物

 

 でしかなかったのです。わざわざ「JRF」と言う人に出会ったことはなく、それどころか「え、JRって貨物もやっていたの?」とか、「その会社、何しているの?どこにあるの?」などと言われる始末で、狙ったようにはいかなかったと考えるのが妥当と言えるでしょう。

 

2010年代前半のコキ107形と、それに積載されたコンテナ。筆者が鉄道マンとして働いていた頃からすでに20年以上が経ち、コキ車はもちろんコンテナも随分と変わっていた。コキ100系の初期製造車であるコキ100・101形などは、JRマークではなく「JR貨物」と略称のロゴが記入されていたが、後にJRFマークが制定されるとこのマークが入るようになった。写真のコキ107形にもJRFマークが描かれ、積載するコンテナはドライ、通風ともにJRFマークが大きく描かれていた。

 

 とはいえ、あれだけたくさんのコンテナにマークを描かれてしまうと、悪趣味とさえ感じたのも忘れ、日常生活の中にすっかりと溶け込んでしまい、町中で見かけても気にならなくなったものでした。

 

5.サービスマークの終焉と再びのJRロゴ

 ところが、2017年になって制定以来、20年以上に渡って使い続けてきたサービスマークをやめて、もとのJRマークとロゴに戻し、会社としてのカラーもワインレッドではなく、発足時のコンテナブルー(青22号)を基本にすると発表しました。しかも、発足当時から、駅や施設、支社によってバラバラだった看板表記をここにきて、ようやく会社として統一すると言い出したのです。

 まあ、このあたりはブランディングの基本かと思いますが、それにしても設立30年目にして取り組むとはちょっと遅い気もしなくもありませんでした。さらに、わざわざデザイナーに頼んでまで作ったサービスマークは、これを境に使われなくなりました。聞くところによると、このマークはデザイナーとの有期使用契約だったとか。つまり、マーク自体が「借り物」だったことに、

 

「だったら、最初からブランディングしておけば、余計な金を使わなくて済んだのかも」

 

 と、冷めたわらししか出ませんでした。

 貨車やコンテナに至るまで、様々なところに描かれていたサービスマークも姿をじわじわと消しつつあります。コンテナは修繕時に前面塗装などすることはないので、廃棄になるまでそのまま使われることでしょう。

 

2020年代に入ると、JRFマークは徐々に姿を消し始めていた。2017年にライセンス契約の満了によって、このマークを使うことができなくなり、結局は発足時に使われていたJRマークがコンテナに描かれるようになった。他方、塗色は青22号にもどることはなく、フロンティアレッド1色のまま、ラインやストライプを入れることなくシンプルなデザインになった。製造時や再塗装時の手間とコストを削減するためで、実用本位のスッ栗としたものになった。

 

 とはいえ、コンテナは損耗が激しい備品なので、新たに製造されてくるコンテナはマークの代わりにJRロゴが描かれ、その数はじわじわと増えていきます。そうなれば、マークを描いたコンテナを見つけるほうが難しくなり、いつかは「レア物」と扱われるかもしれません。

 機関車や貨車は全検や要検で車両所に入場すると、必ずといっていいほど塗装直しが行われるので、その時にマークは消されるでしょう。一部は新製時からマークを入れずに落成しています。

 

6.模型の世界にも波及するマークの影響

 変わったところでは、このマーク廃止の影響は模型の世界にも及んでいました。マーク廃止、すなわち利用不可となったコンテンツのため、今後、新たに製造される模型車両にも、このマークを使うことができなくなるとか、ならないとか。実際に、2020年代に再生産された製品には、「新塗装」とか名をつけて、マークをなくしたものが生産販売されています。コンテナも、マーク入りではなくJRロゴ入りのものが生産されているようです。

 

 

JRFマークの使用廃止は、実世界だけでなく模型界にも影響を及ぼした。実車を模して小さくしたのが模型なので、マーキングもそれに忠実に従うためだ。(出典:Amazon

 

 このように、1992年に鳴り物入りで制定されたマークでしたが、車両やコンテナにはたくさん描かれたものの、実際には期限の決まった契約だったことには驚きました。そして、狙ったように広く浸透させることはできたかという点では、ある意味では成功指定後言えますが、全般的に、特に鉄道貨物輸送の利用を促進できるほどの効果があったか、という点では疑問の余地を残すと筆者は考えます。

 徐々に「過去のもの」隣りつつあるサービスマーク、あれは一体何だったのか?という疑問を考えながら、若き鉄道マンの頃を思い出すのでした。

 

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