《前回からのつづき》
EF16形は板谷峠を降りるときに、速度を抑えながら安全に走行することができるように、電力回生ブレーキ(回生ブレーキ)が装備されました。この回生ブレーキは、今日の鉄道車両のように、消費電力を抑えることを目的としたものではなく、あくまでも下り坂を降りるときに使うためのものです。
回生ブレーキは主電動機に流す電流を切り、惰性で走るときにモーターの逆起電力を活用して、その抵抗力で速度を抑えることができます。ただ、回生ブレーキは主電動機を発電機として電流を発生させ、それをパンタグラフから電車線(架線)に戻すため、同じ線路の上にこの電流を称する車両が必要でした。
大都市部の多くの鉄道では、高頻度で列車が運転されているので、列車が回生ブレーキを使って電流を起こして架線戻すと、その戻された電流を他の列車が走行するためにこれを使うので、比較的安定した制動力が得られます。しかし、板谷峠を抱える奥羽本線は大都市圏の路線とは違って、この電流を消費する列車が少ないため、安定したブレーキ力が得られなくなってしまいます。
そこで、変電所の設備を改良することで、EF16形が回生ブレーキを使うことで起こした電流を吸収するようにしました。回生ブレーキは負荷となるものがあって初めて高価を発揮するので、この改良工事は欠かせないものでした。
こうして、地上の変電設備の準備が整うと、EF16形は板谷峠を通過するすべての列車に補機として連結され、登坂時には元来貨物用機として牽引力重視の性能を発揮し、降坂時には回生ブレーキをフルに活用したのでした。そして、回生ブレーキを使ったときの電力回生率も35〜40%と好成績を出すようになり、安定した制動力を得ることで安全に険しい下り坂を降りることも可能にしたのでした。
しかし、その一方で主電動機にかかる負担は大きいものでした。通常、主電動機は加速するときに電流を流すことで稼働し、一定の速度になると電流は遮断された惰性で走ります。回生ブレーキは制動時に主電動機を発電機として使うため、一般のEF15形をはじめとして電機よりも稼働する時間が長くなってしまいます。そのため、主電動機の消耗は激しくなってしまいますが、回生ブレーキを使う以上、避けることはできませんでした。

戦後を代表する貨物用電機のEF15形は、戦前製の省形貨物用電機とともに直流区間の多くで貨物輸送を支えた。歯車比を低速寄の設定であるため高速運転は難しいものの、牽引力、すなわちトルク重視の設計であるため登坂力にも優れていた。板谷峠における蒸機運転は、煤煙による乗務員の窒息事故など運転保安上の懸念もあることから早期に直流電化され、ここで運用する電機として当時最高の牽引力をもったEF15形が充てられた。福島機関区に配置になったEF15形は期待通り、登坂力を発揮したものの、降坂時には速度を抑えるためにブレーキを多用することになり、水タンクを搭載して車輪を冷却するなどの特殊な装備を追加することになった。(EF15 165〔高二〕 碓氷峠鉄道文化むら 2017年7月8日 筆者撮影)
1960年に入ると、福島機関区配置のEF16形全機に対して、大規模な整備を実施することになりました。大宮工場(現在の大宮総合車両センター、大宮車両所)に入場させ、主電動機の重点的な整備や、電気配線を新しいものへ交換し引き直すなどしたのです。
こうして、大規模な整備を施されながら、EF16形は板谷峠越えに欠かすことのできない頼もしい存在となっていきました。
1961年になると、上野駅ー秋田駅間を結ぶ特急「つばさ」が、気動車特急としてキハ82系に置き換えられました。非電化区間を機関車を使わず、電車のように動力分散式で自走ができると期待されていましたが、搭載するDMH17系エンジンの非力さから、板谷峠を越えることができなかったため、ここでもEF16形は出番となったのです。
クリーム色に赤い帯を巻いた新鋭の特急用気動車の先頭に、ぶどう色2号に塗られたデッキ付きの旧型電機を連結する姿は、今となっては想像することも難しいものがありますが、板谷峠を越える「つばさ」にとっても必要不可欠だったのです。そして、電機と気動車という異なる動力方式の車両が協調運転をする形で、奥羽本線の隘路である板谷峠を登り降りしたことは、補機という地味な運用に終始したEF16形にとって、いわば花形の運用だったともいえるでしょう。
1964年になると、いよいよ後継機が登場することになりました。勾配線区用の新性能直流電機としてEF64形が開発されると、福島機関区へ新製配置され始めました。そして、板谷峠越えの任を後継となるEF64形に託し、1949年にEF15形時代に補機として活動を開始し、1953年にEF16形に改造されて以来、通算で15年かにわたって走り続けた奥羽路を離れ、新たな任地となる上越国境へと旅立っていったのでした。
《次回へつづく》
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