11:14系寝台車への置換えと波動輸送の実態:国鉄末期の急行「銀河」と常磐線の交流電化問題
《前回からのつづき》
1985年になり、「銀河」は古びた20系から14系に置き換えられました。この間に東北・上越新幹線が開業したことにより、東北方面の寝台特急などが大幅に整理され、ここで使われていた24系の多くが余剰となったことで、14系の一部を置き換えるといった異動が発生したためでした。
もっとも、14系も二段式寝台へ改造を施されたものと、登場時の三段式寝台のままのものがありました。全車は主に特急列車に充てられた一方、後者は波動用や急行列車に充てられました。14系化された「銀河」は、後者の三段式寝台であったと考えられますが、いずれにしても寝台幅は520mmという狭いものから700mmと大幅に広がり、これであればある程度体を動かすこともできるので、居住性は大幅に改善したといえるものでした。
また、1985年は日本で久しぶりに万博が開催されたことも、14系への置換えが実現した理由の一つと考えられます。茨城県の筑波で開催された国際科学博覧会(通称:つくば科学万博)では、多くの波動輸送が行われました。大阪万博のように大都市圏の近傍ではない、当時はまだ市制も敷かれていない茨城県筑波郡谷田部町という郊外で開催されるため、そこまでの移動手段が大きな課題でした。

1985年に急行「銀河」は20系から14系に置き換えられた。寝台幅550mmというロングシート並みの狭いものから、14系になったことで700mmまで拡大され居住性は格段に向上したといえる。しかし、この時点でB寝台は三段式のままであり、寝台の設置と解体が必用であったものの、「銀河」は深夜の発車、早朝の到着となるダイヤが組まれていたため、この点ではさほど問題にならなかったと考えられる。その一方で、三段式は天地方向の高さを取ることができないため、寝台に座ることには困難が伴ったといえる。とはいえ、14系になったことで寝台特急並の設備を整えることができ、伝統の列車に相応しいものになった。しかし、14系による「銀河」は短命に終わってしまう。(©spaceaero2, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)
自動車移動の手段として常磐道も整備されていましたが、すべてをこれに頼るわけにはいきません。そのため、多くの人が訪れるであろうつくば科学万博の会場までは、鉄道を利用することが想定されました。国鉄も大阪万博以来の大量輸送に対応することが求められ、それまで幹線でありながらもどこかローカル線の趣をもっていた常磐線に、多数の臨時列車を運転することになります。
しかし、常磐線で運用されていた車両だけでは必要な数を満たすことができないため、波動輸送に備えてふだんは運用に就いていない車両を、文字通り全国から掻き集めることになりました。
ところが、この頃の国鉄は余剰と見做された波動輸送用の車両の多くを、老朽化などを理由に廃車を進めていました。必要以上に車両を保有するということは、波動用とはいえ営業運転に充てることができる状態に維持しなければならず、大規模なものでは全般検査はもちろんのこと、交番検査など法令などで定められた検査は施行しなければなりません。不具合があれば当然修繕もしなければならず、相応のコストがかかるのでした。そのため、ほとんど使われることのなくなった古い車両は廃車にして数を減らし、全体としてのコストの軽減を進めていたのです。
また、これに加えてそこまで古くはないが、使う頻度が低い車両の転用も進められていました。特に14系座席車や12系などがそれにあたり、製造から年数は経っていないものの、その多くは運転区所や大規模な駅の留置線などで留め置かれたままの状態でした。これらの車両を活用して、より増収が期待できるジョイフルトレインに改造する種車として、14系座席車や12系が使われたため、つくば科学万博のような国を挙げての大規模イベントでの波動輸送に使える車両にも限りがあったのです。

1985年に開催された国際科学技術博覧会、通称「つくば万博」は都心から離れた茨城県の筑波が会場であったため、そこへの交通アクセスが大きな課題として立ちはだかっていた。国鉄は総力を挙げての輸送体制を敷くことになるが、常磐線は取手ー藤代間を境に電化方式が異なるため、電車や電気機関車は交直流の両方に対応した車両が必要だった。しかし、交直流両用の電車はその数が限られ、しかも新製するにもコストが高く、たとえ新製して増備したとしても万博終了後は余剰車になってしまう。そこで、ふだんは波動用として待機している客車はほぼ総動員、寝台特急の削減などによって運用が激減していた583系なども投入して対応してもなお、その数は不足していた。そこで、電化区間でありながらも、気動車までもを投入して連絡輸送列車「エキスポライナー」として運行した。(©spaceaero2, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)
こうしたことも背景になり、国鉄はつくば科学万博の波動輸送用として、半ば運用に就いていない気動車を掻き集めて充てました。加えて、既に寝台特急の運用も削減されていた583系も、常磐線の臨時列車に充ててこれを乗り切ることにします。
常磐線は電化区間なので、583系が臨時列車に充てられるのはある程度納得できるところですが、気動車までとは少し驚くかも知れません。電化区間で気動車を運用するのは、ある意味では効率的ではないと考えるのがごく自然のことといえます。しかし、常磐線は東京都内に乗り入れる幹線の中では異質で、交流電化区間を抱えているという問題がありました。
《次回へつづく》
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