旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

鉄道マン時代の回想録 独り立ち・八王子機関区構内トロリー線交換工事【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 最後にこのシリーズを書いたのは、もう3年ほど前、それも新型コロナウイルスが国外で流行りだした頃でした。あの頃は、まさか世界中が未曾有のパンデミックに見舞われるなど微塵も考えたことは…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【10】終章

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■首都圏対北海道の寝台特急に新たな風を吹き込んだE26系 カハフE26 国鉄時代から分割民営化後、長きに渡って青色の塗装を身にまとった客車が長距離夜行特急列車、いわゆる寝台特急として運用されてきまし…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【9】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■電化区間でパンタグラフからの給電を再び スハ25 300番代 24系に限らず、客車の電源車は電化区間においては電化方式に、そして非電化区間に左右されることなく客車に電源を供給する役割を担っていました…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【8】

《前回からのつづき》 ■余剰車の荷物車から転身した異色の電源車 マニ24 500番代 1987年の国鉄分割民営化から魔もない翌年の1988年、四半世紀強の長い時間と難工事の末に青函トンネルが開通し、この年から開業した津軽海峡線によって本州と北海道は鉄道で結…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【7】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■増備車は荷物室をさらに拡大 カニ24 100番代 24系25形は二段式寝台を備えたことから、居住性が従来の寝台車と比べて格段に改善されたことが好評だったようで、分割併合を伴う多層建て列車を除いて、三段…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■24系登場と同時に製作されたマヤ24、0,5トンの荷物室を追加したカヤ24 1873年に24系の製造がはじまると同時に、電源車として登場したのがマヤ24でした。マヤ24には直列6気筒・排気量31リットル・インター…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■急行格下げで郵便荷物車との併結を可能にしたカヤ21 14系や24系といった新しい系列の客車が登場すると、20系は陳腐化が目立つようになりました。14系や24系はB寝台でも寝台幅700mmに広げられ、従来のB寝…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■分割編成に使われた旧型客車改造の簡易電源車 マヤ20 登場当時は国鉄の「虎の子」ともいえた20系は、徐々にその数を増やしていき、東京−九州間の寝台特急をはじめ、関西−九州間の寝台特急などにも使われ…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■パンタグラフを装備した電源車 カニ22 国鉄客車の電源車と言えば、ディーゼルエンジン+発電機を組み合わせた発電セットを搭載した車両というのが定番でした。しかし、ディーゼルエンジンを稼働させるた…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1958年に登場した20系客車は、それまでの国鉄客車の常識を大きく覆すものでした。 もっとも大きな違いは、従来は客車1両単位で運用することを前提とした設計思想であったのに対し、20系は編成単位で運用す…

役割は地味だけど「花形」の存在だった電源車たち【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「電源車」という車両をご存じの方は、おそらく筆者と同世代に近い方や諸先輩方、そして熱心に研究されておられる方かと思います。筆者がこの「電源車」という言葉を初めて耳にしたのでは、鉄道…

貨物列車の最後尾を飾った有蓋緩急車たち【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■ブルトレの最後尾も飾った荷貨物兼用高速貨車 ワサフ8000(その2) ワサフ8000はワキ8000を基本に設計されているため、貨物室は軽量なアルミ合金のプレス鋼板の総開き構造とされましたが、車掌室を設置…

貨物列車の最後尾を飾った有蓋緩急車たち【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■ブルトレの最後尾も飾った荷貨物兼用高速貨車 ワサフ8000(その1) 1960年代に入ると自動車の普及が急速に進み、国内の物流の主役ともいえた鉄道貨物も、荷主にとって使い勝手がよいトラックにシェアを…

貨物列車の最後尾を飾った有蓋緩急車たち【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■再び積載量を増したワフ29000 戦後になって製造されたワフ22000は、車掌室重視の設計だったため、積載荷重は2tに抑えられ、貨物の積載量は小さいものになりました。乗務する車掌にとって、ワフ22000はあ…

貨物列車の最後尾を飾った有蓋緩急車たち【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■戦時設計、代用資材の木製を使ったワフ28000 1944年になると戦局の悪化と資材の不足は、日本の経済に大打撃を与えていました。人々の生活は困窮し、食べるのも配給制に頼らざるをえない状態でした。そし…

貨物列車の最後尾を飾った有蓋緩急車たち【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 国鉄時代、ヤード継走輸送が全盛だった頃の貨物列車は、大きく分けて二つありました。 一つは、貨物取扱駅と方面別に仕分けをする操車場の間を行き来する列車で、これを「解結貨物列車」と呼ばれていまし…

貨物列車の最後尾を飾った有蓋緩急車たち【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 列車の最後尾に連結されている車両は、原則として赤色の灯火を点灯させることが法令で義務付けられています。テールランプ、尾灯とも呼ばれる赤い灯火は、厳密には「後部標識灯」と呼ばれるもの…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【7】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 まずはじめに、記事の投稿が逆になっておりましたこと、お詫び申し上げます。推敲の段階で、7番目の記事の自動投稿を取り消していましたが、8番目の取り消しをするのを忘れ・・・気づいたら、6番目…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【8】最終章

《前回からのつづき》 現役として残った8500系は、もっとも古い8606Fの製造が1975年であり、車齢は45年を超えていました。オールステンレス車の耐久性は、7000系が7700系に改造する際に荷重試験をしたところ、50年以上が経っていても新製時と比べて強度の低…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【6】

《前回からのつづき》 8500系は1974年から長きに渡って増備が続けられたことから、途中幾度となく細部の設計が変更されています。特に8090系が製造された1980年の第12次車以降と、9000系が製造された第18次車以降で、外観からもわかる変更が見られました。 8…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1978年に営団半蔵門線が開業すると、当初の計画通りに新玉川線との相互直通運転が始められました。しかし、この時点で渋谷−青山一丁目間の2駅だけの開通だったため、営団側は車両の用意はしないで東急車の…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 今日、田園都市線で運用される車両は長津田検車区に配置されていますが、この当時は田園都市線で運用される車両は、長津田検車区の完成による移転までは、鷺沼駅の渋谷方海側にあった鷺沼検車区の配置でし…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【3】

《かなり間が開いてしまいましたが・・・前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1975年から田園都市線・新玉川線用として、8000系を基本に営団との協定に基づいて半蔵門線直通仕様に改めて製作されたのが8500系でした。 基本的な構造は8000系から大き…

68年前の「国鉄戦後五大事故」の一つ 宇高連絡船「紫雲丸事故」

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 2月の末に更新して以来、ご無沙汰しております。 2月の初めに頸椎の手術を受け、その間、療養に専念しておりました。5月に入って主治医から「ふつうの生活に戻ってよい」とのお許しをいただき…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 異なる鉄道事業者同士が相互直通運転を実施するために、乗り入れる車両については規格を統一することは、ごく一般的なものでした。乗り入れ相手となる鉄道事業者が保有する車両が自社線内に入ってきたとき…

過酷な通勤輸送を支え続け40年の功労車・東急8500系【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 東急田園都市線といえば、何を思い浮かべるでしょうか。 閑静な住宅街に通じる鉄道路線と思われる方は、きっと筆者と同じ年代か、それよりも上のご先輩方でしょう。しばしばテレビドラマの舞台…

貨物駅の名称 東○○、浜○○の「東」「浜」とは何?【終章】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info ■かつては庶民の台所を支えた「○○市場駅」 貨物駅は一般には馴染みがないため、その名称もあまり知られることはありません。それとともに、貨物駅が設置される場所は、港湾部や埠頭など一般に立ち入ること…

貨物駅の名称 東○○、浜○○の「東」「浜」とは何?【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 「浜」を冠する貨物駅も多くありました。こちらは港湾部に限らず、主要駅から見て海浜にあるという意味でつけられたものといえますが、多くは港湾部に隣接した工業地域の中に設置されています。 首都圏で…

貨物駅の名称 東○○、浜○○の「東」「浜」とは何?【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info ■海沿いは貨物駅にとって大きな稼ぎ場所「浜」と「港」 都市部の主要駅近くに置かれる貨物駅は、多くが本線上に貨物列車の「途中停車駅」としての機能を持たせるためといえます。こうした貨物駅は、製品や…

貨物駅の名称 東○○、浜○○の「東」「浜」とは何?【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 わたしたちの生活を支える物流において、鉄道による貨物輸送は重要な位置を占めつつあることは多くの方がご存じのことと思います。北海道で収穫されるタマネギやジャガイモといった生鮮野菜は、…