旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

鉄道

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【18】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 東海道本線・山陽本線でのEF62形の活躍は、3年ほどで幕を下ろすことになります。1986年に実施された国鉄最後のダイヤ改正で、荷物列車そのものが全廃になってしまったのでした。これによって、下関配置のE…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【17】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF62形は信越本線の客車列車や貨物列車の本務機として運用することが前提とした電機で、特に客車列車は冬季の暖房用熱源を機関車から供給する必要がりました。EF62形が登場した1962年は、本州で運用されて…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【16】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF62形は自重の軽減にも気を配った設計になりました。連続した急勾配を降坂するときに使う発電ブレーキは、その動作を確実で強力にするため、大容量の主抵抗器を装備していますが、その分だけ重量が重くな…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【15】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 時代は変わり、こうした電機品の技術も進歩してきたことで、EF62形は国鉄で初めて、本格的に電動カム軸式による制御装置を装備するとともに、機関士が電流計を見ながら適切なノッチを1段ずつ操作していた…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【14】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ◆粘着式運転の本務機 異例のC-C軸配置となったEF62形 国鉄最大の難所である碓氷峠区間は、開業以来、長らくラック式運転によって急勾配を登降坂してきました。そして、普通レールの間にはラックレールを敷…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【13】

ED42形は、1933年から28両が1948年まで第二次世界大戦を通じて製造されました。戦前製の車両は溶接組み立てを多用したことで、車体は凹凸の少ない近代的な外観でした。前面や側面の窓は、角にRがつけられるなど美観にも配慮したつくりで、当時の車両製造技術…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【12】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ラック式区間では、EC40形などと同じ第三軌条方式による電流供給のため、片側2か所ずつの集電靴が設置されていました。この第三軌条方式による電化は、国鉄ではこの碓氷峠区間だけだったので、いわば横軽…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【11】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ◆国産アプト式電機の真打ち ED42形 国鉄初の電機であるEC40形や、初の国産電機のED40形、さらにサンプル機として輸入したED41形をあわせて28両体制で国鉄最大の難所である碓氷峠区間の輸送を支えてきまし…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【10】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 先輩機であるEC40形が小型でモダンなデザインの車体であったのに対し、国産のED40形は車体製造の技術が関係したのか、平面を基本に角張った構造の無骨な印象をあたえる車体でした。再び輸入機となったED41…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【9】

◆「サンプル」と聞こえがよいが・・・再度のアプト式輸入機 ED41形 blog.railroad-traveler.info 1911年に製造がはじめられ、1912年から運用に就いた国鉄初の電機である10000形(EC40形)と、1919年に製造された初の国産電機である10020形(ED40形)は、合わせ…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【8】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 碓氷峠区間に残った蒸機を淘汰した後は、10020形は10000形とともにここを通過する列車に連結され、下り列車では後ろから押し上げ、上り列車では急坂を下る際の強力なブレーキ役として活躍を続けました。ま…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【7】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 車体は国鉄形電機としては珍しく、おそらく唯一の運転台を横川方1か所だけに設けられた箱型車体でした。これは、10000形が登場時には横川方だけでなく軽井沢方にも運転台が設置されていましたが、実際の運…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ◆初の国産電機 10020形(ED40形)アプト式直流電機機関車 10000形が碓氷峠区間に投入されたことにより、信越本線の輸送力は確実に向上しました。そして、蒸機運転につきまとっていた煤煙のために、乗務員…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info しかしながら、前述のように故障が頻発することは悩みの種になっていたと言われています。10000形が開発されたのは1912年で、ヨーロッパでも蒸機が主力で電機はまだ試作の域で、加えて10000形を製造したエ…

Column:貨物列車で空気ばね(エアサス)が一般的にならない理由【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 10000系貨車は、1987年の分割民営化までに多くの車両が運用を失い、廃車解体されてしまい姿を消していきました。とはいえ、一部は新会社に継承されて活躍を続けるものもありました。 JR東日本とJR西日本に…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ◆国鉄で初めての電機 10000形(EC40形)直流アプト式電気機関車 信越本線の隘路で、国鉄の鉄道路線で最大の難所とも言われた碓氷峠区間の輸送力の増強と乗務員の労働環境の改善をするため、電化することが…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 碓氷峠の特徴は、群馬県側から長野県側に向かって僅か10kmで500mもの標高差があることです。横川駅の標高は387.7m、軽井沢駅の標高は941.0mと駅間距離が僅か11.2kmの間に553.3mにのぼる高低差があること…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 碓氷峠は古来からの交通の要衝でした。この碓氷峠と、神奈川県の箱根にある足柄峠を境に、これより東は「坂東」と呼ばれていました。後に関東と呼ばれるようになりますが、国の中心が奈良や京都などだった…

Column:貨物列車で空気ばね(エアサス)が一般的にならない理由【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF65形500番代F形やEF66形には、10000系高速貨車を牽くための元空気だめ引き通し管や電磁自動空気ブレーキの引き通し線を装備しました。九州島内で運用されたED73形やED76形、東北地方で運用されたED75形…

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 新年度に入って早くも1か月が経ちました。 ブログの執筆も、4月以降はなかなか手が付けられない状態が続いており、さて、どうしたものかと思案に明け暮れてしまっております。まあ、趣味のひ…

ダイヤモンドカットよ永遠に 東急電鉄7200系【8】《終章》

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 7200系アルミ車がこどもの国線で来園客を中心とした輸送に勤しんでいた頃、長津田で接続している田園都市線の混雑の激しさは深刻な状態になっていきました。開通当時は人家もほとんどなく、未開の山々や農…

ダイヤモンドカットよ永遠に 東急電鉄7200系【7】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 愛知県の豊橋鉄道は、7200系を数多く購入した鉄道事業者です。名鉄系でありながら、東急から7200系の譲渡を受けて、1800系と形式を変えて今もなお運用を続けています。また、同じ東急グループの上田交通も…

Column:貨物列車で空気ばね(エアサス)が一般的にならない理由【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info トラック輸送で使われるトラックには、前述のように精密機械輸送に特化したエアー・サスペンションを装備した車が多くあります。これは、一般用のリーフサスペンションに代えて、空気ばねを装備したもので…

ダイヤモンドカットよ永遠に 東急電鉄7200系【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1987年になると、今度は大井町線からも退いていきました。1986年から東急初のVVVFインバータ制御車である9000系が増備され、さらに1988年には将来のみなとみらい線直通を見据えて新たに製造されたデハ8590…

ダイヤモンドカットよ永遠に 東急電鉄7200系【5】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 7200系は、新製されたときは冷房装置のない非冷房車でした。1960年代の製造だったので、当たり前といえばそれまでですが、1970年代に入るとそれが少しずつ変化していきました。国鉄では特急用の優等列車に…

ダイヤモンドカットよ永遠に 東急電鉄7200系【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 7200系のもう一つの特徴として電動車は1両で完結することだといえます。吊り掛け駆動を採用していた旧型車の時代は、主制御器と主抵抗器といった主機類と、空気圧縮機などの補機類は1両の車両に搭載するこ…

Column:貨物列車で空気ばね(エアサス)が一般的にならない理由【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 以前は休日になると家族を乗せてマイカーで出かけることが多かったのですが、2年ほど前から今の職場に移ってからは車通勤になったことで、運転をする機会が極端に多くなってしまいました。ガソ…

ダイヤモンドカットよ永遠に 東急電鉄7200系【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1967年に登場した7200系は、東急電鉄として2番目のオールステンレス車でした。 7200系では、7000系のような全電動車ではなく、電動車と付随車の比率を1:1とすることで経済性を重視した設計としました。こ…

ダイヤモンドカットよ永遠に 東急電鉄7200系【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 7000系の設計は技術提携を結んだバッド社の指導のもとで進められたので、それまでの日本の鉄道車両とは一線を画するものでした。車体断面は合理的な思想を優先させるアメリカの会社らしい、単純な構造にな…

ダイヤモンドカットよ永遠に 東急電鉄7200系【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 今でこそ、鉄道車両の多くはステンレス鋼を使うことが当たり前になっています。ステンレス鋼は普通鋼と比べて腐食に強く、そして軽量であること、そして塗装を必要としないメリットがあります。…